[出典]”Genetic and transcriptional evolution alters cancer cell line drug response” Ben-David U, Siranosian B [..] Golub TR. Nature. 2018 Aug 8.

背景
  • ヒト癌細胞株は、クローン性(同じ構造の遺伝子セットをもつ細胞群)で、遺伝的に安定という暗黙の前提のもとに癌研究に利用されてきた。一方で、細胞株を含む癌研究の再現性は必ずしも高いとは言えない。例えば、大規模な細胞株パネルのファーマコゲノミクス(PGx)・プロファイルは再現性が高いとされているが、薬剤感受性に関して説明のつかない矛盾を伴っている(出典に参考文献8編あり)。Broad Institute、Dana-Farber Cancer Institute, Harvard Medical SchoolならびにBrigham and Women's Hospitalの研究チームは今回、癌細胞株はクローン性でも遺伝的に安定でもなく、それゆえ矛盾を孕む薬剤感受性の結果が得られるという仮説をたて、その検証実験を行なった。
106種類の癌細胞株間の遺伝変異不均一性
  • はじめに、Broad Institute (Cancer Cell Line Encyclopedia; CCLE)とSanger Institute (Genomics of Drug Sensitivity in Cancer; GDSC) 双方に存在する106種類の癌細胞株の全エクソームシーケンシング(WES)データを、同一の解析パイプラインで再解析・比較した結果、非サイレント変異の19%がCCLEかGDSCのどちらか一方にだけに存在し、また、遺伝子の26%にコピー数変異の不整合が見られた。
エストロゲン受容体陽性乳癌細胞株MCF-7の株間およびクローン間の遺伝変異の不均一性
  • 次に、MCF-7のラベルが付されている26株*の詳細な遺伝解析を行った。(* 19株は薬剤と遺伝子操作無し;7株は中立とされる遺伝子操作レポーター遺伝子、Cas9またはDNAバーコード挿入;抗エストロゲン療法後マウスで増殖させたMCF7-M)。
  • 株間で、染色体アームの獲得または損失、コピー数変異(copy number alterations; CNAs)、乳癌に通常見られる遺伝子(PTENESR1など)の獲得または損失、点変異、小さなindels、染色体転位に、違いが見られた。例えば、非同義一塩基変異(SNVs)とindels95種類のうち35%が全株共通に存在し、29%は株に特異的であった。
  • CNAsから算出した遺伝的距離に基づくクラスター分析の結果はおおよそ各株の履歴と整合したが、凍結融解のサイクル数よりも主として継代数と遺伝的操作の影響を受けていた。
  • PyClone解析から、各株にサブクローンが複数存在することを見出した。また、細胞バーコーディングを利用して特定の株におけるサブクローンの変動を追跡し、クローン性の変動が確率的ではなく、予め存在していたサブクローンが、培養条件の変化に応じて選択・濃縮されて行くことを見出した。
  • さらに、同一株由来のクローンの変異ランドスケープが、由来株と異なり、また、各クローンの変異ランドスケープが継代ごとに変化し、かつ、クローン間で不均一であることも見出した。
MCF-7の遺伝子発現プロファイルの不均一性
  • 株間で654遺伝子の発現に少なくとも2倍の違いが存在し、発現の株間変動が大きい遺伝子群は重要な生物過程に関与;遺伝変異と遺伝子発現プロファイルに基づくクラスタリングの結果が整合
  • 単一細胞由来のクローンの遺伝子発現プロファイルも継代と共に変動、クローン間でも変動。
  • 肺癌細胞株A549(23株)および前立腺癌、大腸癌、肝臓癌、皮膚癌など11種類の細胞株での検証実験
  • MCF-7と同様に、遺伝変異と遺伝子発現プロファイルの株間変動とクローン間変動を確認。なお、癌細胞ではない乳腺上皮細胞株MCF10AでもMCF7と同様な変動を示した。
遺伝的変動と表現型・抗癌剤耐性/感受性の不均一性
  • ハイコンテントイメージ解析によりMCF7の倍加時間、細胞のサイズ、形態が株間で変動することを確認;表現型に基づくクラスタリングと、ゲノミクスおよびトランスクリプトミクスに基づくクラスタリングの結果が整合
  • MCF7の27株の321抗癌剤(濃度5μM)に対する感受性も株間で変動 (例:少なくとも1株に強い活性(細胞増殖阻害>50%)を示す化合物55種類を同定、そのうち48種類に対しては耐性を示す株(細胞増殖阻害<20%)が少なくとも1種類存在)
  • 薬剤応答の変動は、関連するパスウエイの遺伝子発現プロファイルの変動と整合し、また、遺伝的変異と直接関連づけられた。
  • 株間およびクローン間の遺伝変異・遺伝子発現プロファイル・薬剤耐性/感受性の変動は、癌細胞株を利用する癌研究ごとに細胞株の検証が必須なことを意味するが、癌細胞集団内でのクローンの協働・競合機構や抗癌剤耐性/感受性の分子機構の解明に活用可能である。
癌細胞株の不安定性評価ツールの開発提供
  • 利用者が使用する株のゲノムデータを入力することで、参照株からの遺伝的距離を判定可能とするプロファイラー・プログラムCell STRAINER(strain instability profiler): https://cellstrainer.broadinstitute.org
培養細胞株の信頼性に関するcrisp_bio記事
  • 2018-06-04 HeLaの亡霊:流通している培養細胞株におけるコンタミネーションと変異の問題