[出典] "Conversion of staphylococcal pathogenicity islands to CRISPR-carrying antibacterial agents that cure infections in mice" Ram G, Ross HF, Novick RP, Rodriguez-Pagan I, Jiang D. Nat Biotechnol. 2018 Sep 24.

背景
  • 黄色ブドウ球菌 (Staphylococcus aureus)その他のブドウ球菌 (staphylococci)は、院内に限らず学校やジムなどの環境でも、重篤な感染症を引き起こす可能性を帯びた病原菌であり、しかも各種の抗生物質に対する耐性を獲得し続けてきた。特に、ベータラクタム系やアミノグリコシド系の抗生物質への耐性を獲得した菌株による感染症は多くの場合、治療不能である。
概要
  • New York University School of Medicineの研究チームは今回、抗生物質にもファージ療法 (phage therapy)にも依存しない新たな療法の可能性を、in vitroおよびマウスモデルで実証した。極めて可動性が高いブドウ球菌の病原性アイランド (staphylococcal pathogenicity islands, SaPIs)を抗菌性アイランド (研究チームは抗菌性ドローン (antibacterial drones, ABDs)と命名)に変身させる療法である。
ABDの作出
  • SaPIsはブドウ球菌の染色体DNAに組みこまれているが、特定のバクテリオファージによって、切り出され、増殖し、ファージ様粒子に内包され、ファージ様粒子は、ファージによる溶菌を介して細胞から放出され、SaPIsが他の細胞に感染していくことになる。
  • 典型的病原性アイランドであるSaPIとSaPI2を対象としてそれらの転移能を損なうことなく、毒遺伝子を削除し、また、カプシドをコードする遺伝子 (cpmAcpmB )を削除することで、30-kbのカーゴを格納可能とした。
  • カーゴとして、ブドウ球菌の病原因子の発現に関与する制御しかつ非必須な遺伝子agrまたはプロモーターも含むagrP2P3を標的とするgRNAと、CRISPR-Cas9またはCRISPR-dCas9を、標準的なアレル置換技術により挿入し、ABDを作出した。また、SaPIsは Listeria monocytogenesにも転移可能なことから、リステリオリシンOをコードする遺伝子hlyを標的とするCRISPR-Cas9をカーゴとするABDも作出した。
S. aureusの殺傷
  • CRISPR-Cas9-agr標的gRNAで、in vitroでABDのSaPIs選択的殺傷作用を確認したが、CRISPR耐性菌の存在も同定した。次に、マウスモデルにおいてABDの局所注射によっても腹腔内注射によってもS. aureusの皮下組織膿瘍形成を阻害し、また、ABD投与によって致死量S. Aureusの腹腔内投与マウスが生存することを確認した。
S. aureusの毒性遺伝子発現抑制
  • CRISPR-dCas9-argrP2P3標的gRNAをカーゴとするABDが、agrの発現が完全に抑制されることを蛍光レポーターと溶血性活性の測定から確認した。また、このABDが、S. aureusを残したつつも、マウス皮下組織膿瘍形成も阻害することを確認した。
ABDの課題
  • 耐性:ABDを取り込まない菌株やCRISPRが標的とするスペーサーを欠損あるいは変異した菌株はABDに耐性を示し、ヘルパーとなるファージやモジュールの多重化などの対策が必要
  • ABDの純度など:宿主遺伝子の混入、SaPIsとの間の組み換えなど、および休眠中SaPIsの活性化といったリスクの検証が必要
  • 効用が継続する期間の長期化が必要
ABDの特長
  • 特定の遺伝子を標的とするABDは、ファージ療法よりも安定かつ効果的であり、宿主マイクロバイオームを損傷することもなく、サイズも含めてカーゴの選択に自由度があり、宿主域が広く、病原菌の多様な分子機序を標的可能であり、ABDを回避した病原菌を阻害する因子も組み合わせることができる。また、ABDが他のCRISPRデリバリーシステムよりも効率的な点からも、感染症対策に適している。