• GWASによって疾患に相関するリスク領域が同定され続けているが、リスク領域の機能ならびに疾患との因果関係の特定は遅れをとっている。前立腺癌 (prostate cancer, PCa)リスクに相関するSNPsも多数同定され、PCaリスク遺伝子座も100以上同定されているが、その機能解析は遅れており、前立腺癌との因果関係が明確にされていない。
  • USCのP. J. Farnhamらは、ループのアンカー部位に重なるリスク領域をCRISPR-Cas9で破壊する実験から、ループの崩壊により癌遺伝子の発現亢進が誘導されることを明らかにした。
"A Prostate Cancer Risk Element Functions as a Repressive Loop that Regulates HOXA13" Luo Z, Rhie SK, Lay FD, Farnham PJ. Cell Rep. 2017 Nov 7;21(6):1411-1417
  • 研究チームはGWASで同定された前立腺癌 (Prostate Cancer, PC)のリスク領域7p15.2に注目し、Hi-C解析によってこのリスク領域が~873-kb離れたHOXA遺伝子座と遠位相互作用をすることを同定し、続いて、CRISPR/Cas9に拠り、リスク領域に存在するSNPsの一部をカバーする40-kp領域を削除すると、HOXA遺伝子座の中のHOXA13の発現が上方制御され、HOXA13が、PCaと相関する癌遺伝子 (GATA2)の過剰発現を誘導することを見出した。
  • すなわち、7p15.2のPCaリスク領域とHOXA13遺伝子とが~800-kbのループ (repressive loop)を介して近接しているところで、リスク領域の削除によりエンハンサー寄りのループ・アンカー部位が破壊され、その結果、HOXA13がエンハンサーの作用を受けてプロモーター活性を発揮するに至り、GATA2の過剰発現が誘導される分子機序が存在することを明らかにした。
"CRISPR-mediated deletion of prostate cancer risk-associated CTCF loop anchors identifies repressive chromatin loops" Guo Y, Perez AA, Hazelett DJ, Coetzee GA, Rhie SK, Farnham PJ. Genome Biol. 2018 Oct 8;19(1):160
  • 研究チームは始めに、SNPsの中で遺伝子発現調節領域に位置するSNPsの病因性が高いという仮説のもとに、GWAS由来のPCaリスク相関SNPsの中からシスエレメント (プロモーター、エンハンサー、インスレーターおよびループ・アンカー部位)に位置する2,181SNPsを抽出し、ChIP-seq実験を経て、H3K27Ac部位またはCTCF部位に位置するSNPsへと絞り込んだ。さらに、先行研究で活性化ヒストンマークを帯びたシスエレメントの削除が必ずしもトランスクリプトームに影響しないことを見出していたことから、Hi-C解析を介して、ループに関わるSNPsへと絞り込んだ(以上、原論文Fig. 1引用下図左参照)。
CTCF loop 1 CTCF loop 5
  • 次に、原論文Fig. 5から引用した上図右にあるように、予備実験(図の中のPhase 1)を経て、2カ所のPCaリスク遺伝子座について、ループの一方のCTCFアンカー部位をCRISPR-Cas9で削除することで、ループ内の遺伝子発現が、これまでに無いレベルの100倍まで亢進することを見出し(他方のCTCFアンカー部位削除の影響は極めて小さい)、下図のモデルを提唱した (原論文Fig. 11引用下図参照)CTCF loop 11
  • CTCFアンカー部位の削除で発現が顕著に亢進した遺伝子はKCNN3KRT78とであった。KCNN3がコードするカルシウム活性化カリウムチャネルKCNN3(SK3と同意)は乳癌とメラノーマにおいて腫瘍細胞浸潤を亢進し、乳癌と前立腺癌の原発組織と転移骨癌に存在し正常組織には存在しないことが報告されていることなどから、CTCFのPCaリスク領域をアンカー部位とするループ (repression loop)がKCCN3の発現を抑制する効果を発揮すると考えられる。SKチャネルを阻害するedelfosine(エデルホシン)は、in vitro/in vivoで腫瘍細胞の遊走と浸潤を阻害することが知られていることから、その前立腺癌療法への展開が考えられる。一方で、KRT78と前立腺癌の相関はこれまで報告されて来なかったが、転移性メラノーマの診断マーカとされている。
 ゲノム3次元構造の破壊と癌原遺伝子の活性化参考文献 (T-ALLゲノムの解析から)