ゲノムの3次元構造は、機能的に隔離された (insulated)ループ構造 (1-100 kb*)、ループ構造が連なったトポロジカル関連ドメイン(topology associating domain, TAD; 100-1000 kb*)、TADが連なったクロマチンといった階層を成している。この階層的構造の生物学的意味の解明が、CRISPR/Cas9技術によって、加速している。CTCF(*) "Chromatin architecture and gene expression" in The oncogene makes its escape (Wala J, Beroukhim R, Science. 2016 Mar 25.)
 ブログcrisp_bioではこれまで、
を投稿したが、今回の投稿では、2015年Cell誌掲載論文と2018年8月の2018年9月のEpigenecs & Chromatin誌論文、ならびに、関連論文 (2015年Nature Genetics 論文)を取り上げた。

Cell 論文:CRISPR技術でCTCF結合サイト (CBS)の配列の向きを反転すると、ループのトポロジーとエンハンサー/プロモーター機能が変化する
[出典] 論文 "CRISPR inversion of CTCF sites alters genome topology and enhancer/promoter function" Guo Y, Xu Q [..] Maniatis T, Wu Q. Cell. 2015 Aug 13;162(4):900-10.;Preview "A CTCF Code for 3D Genome Architecture" Nichols MH, Corces VG. Cell. 2015 Aug 13;162(4):703-5.;技術論文 "Efficient inversions and duplications of mammalian regulatory DNA elements and gene clusters by CRISPR/Cas9"  Li J, Shou J [..] Wu Q. J Mol Cell Biol. 2015 Aug;7(4):284-98.  Online 2015-03-10
  • CTCFとコヒーシンがクロマチン・ループを機能的に隔離するインシシュレーター(insulator)の役割を担い、CTCF結合サイト (CTCF-binding sites, CBSs)の向きとループ形成が相関するとされていたところで、上海交通大学を中心とする中国・米国の研究グループは、CRISPR/Cas9技術 (上記、技術論文参照)と3C/4C/Hi-C技術を利用して、CBSペアの間の向きの関係が、ループの形成ひいてはエンハンサーとプロモーターの相互作用に決定的な影響を与えることを実証した。
  • ループは二カ所のCBSsにそれぞれ結合するCTCFが相互作用することで形成される。プロカドヘリンPcdhのプロモーターとエンハンサー領域のCBSsの配列の向きは通常互いに逆向きであるが、CRISPR/Cas9技術で一方の向きを変えると、ループのトポロジーが変化し、転写効率ひいては遺伝子発現パターンが変化することを見出した。同様の現象を、β-globin遺伝子に関わるループでも確認した。
Epigenetics & CHromatin 論文:CTCF結合サイトの位置と向きに、マウスの2つの遺伝子座(Tfap2cBmp7)のドメイン間およびドメイン内のループ形成が依存する
[出典] "Control of directionality of chromatin folding for the inter- and intra-domain contacts at the Tfap2cBmp7 locus" Tsujimura T, Takase O, Yoshikawa M, Sano E, Hayashi M, Takato T, Toyoda A, Okano H, Hishikawa K. Epigenetics & Chromatin. 2018 Sep 14;11(1):5
  • 慶応大と東大ならびに遺伝研(先進ゲノム支援事業)の研究チームは、マウスゲノム上で隣接するTfap2cBmp7遺伝子座のドメインおよび両者の間のtransition zone (TZ)に注目して、CRISPR-Cas9によるCTCF結合サイト(CBS)の欠損そしてまたは向きの逆転が、ゲノム3次元構造 (ループ形成)と機能に与える影響を解析した。
  • ENCODEプロジェクトのChIP-seqデータからCBSsを抽出し、CBSモチーフの向きをin silicoで推定し、左下図 (原論文 Fig. 1から引用)の最下段にあるようにTZの境界領域にTfap2cに向いた4カ所のCBSs(TZ-L: L1, L2, L3, L4)と、TZ-Lと逆向きのBmp7に向いた3カ所のCBSs (TZ-R: R1, R2, R3)のアレイが存在することを見出した。すなわち、TZがドメインの境界の特徴を備えていることが明らかになった。
CTCF Fig. 1 CTCF Fig. 6
  • 続いて、マウスES細胞において、CRISPR/Cas9によりCBSアレイを欠損させることで、TZのドメインの機能的隔離機能が失われドメインが融合することを見出した (原論文Fig. 6引用右上図-bの青と緑の太い矢印参照)。また、Tfap2c遺伝子座周辺にはペアを形成しないCBSsが存在したが、CRISPR/Cas9によりこの配列の向きを変えると (右上図-c参照)、TZとドメイン間の関係には影響を与えないが、Tfap2c遺伝子座のループ形成の方向が逆向きに変わることを見出した (右上図 a の右向き太い矢印が c では左向き太い矢印へ)。
Nature Genetics 論文:単一対立遺伝子のトポロジーから特定されたエンハンサーのハブおよびループの衝突
[出典] "Enhancer hubs and loop collisions identified from single-allele topologies" Allahyar A, Vermeulen C [..] de Ridder J, de Laat W. Nat Genet. 2018 Aug;50(8):1151-1160. Online 2018-07-09.
  • 遺伝子発現制御においてエンハンサーとその標的遺伝子は多対多の関係にある(1つのエンハンサーが多種類の遺伝子に作用し、一つの遺伝子が多種類のエンハンサーの作用を受ける)。したがって、ゲノム3次元構造上でも複数領域間の相互作用を明らかにしていく必要があり、また、ループ形成に関わるCTCFサイトが複数のCTCFサイトと接触することがすでに報告されている。
  • 3C法はクロマチンの2カ所の領域の接触を探る手法であったことから、マルチな領域間の相互作用を探る手法が模索・開発されてきたが、ユトレヒト大学を中心とするオランダの研究グループは今回、multi-contact 4C (MC-4C) 法を開発し (Fig. 1 Multi-contact 4C technology参照)、マウスゲノム構造解析で評価した:13,000種類の対立遺伝子ごとの高分解能のループ・トポロジー(microtopologies)と平均80,000例におよぶ接触を同定;β-globin遺伝子座のスーパーエンハンサーのハブ、Pcdhα遺伝子座におけるエンハンサーのハブ、コヒーシンを不安定化するWAPLタンパク質の欠損によるCTCFループ間の衝突とコヒーシンのクラスタリング誘導を同定