1. "CRISPRbabies"の余波 - 4つの問い
[出典] NEWS FEATURE "The CRISPR-baby scandal: what’s next for human gene-editing" Cyranoski D. Nature. 2019-02-26.

1) 賀建奎と双子に起こること
  • 賀建奎は広東省の保健省に譴責され南方科技大学から解雇されたが、今後、参加者募集における金銭問題、倫理審査書類の偽造、違法なHIV患者の生殖補助医療利用を可能とするための血液サンプルのすり替えなどに基づく刑事責任を問われると見られている。
  • 賀建奎は欧州人の10%に見られるHIV耐性変異の再現を主張しているが、第三者によって多様な変異が誘導されたことが明らかにされており、それらが双子にどのような影響を与えるか不明である。
  • また、CCR5はウエストナイル熱などの他の疾患に対する耐性に寄与する。CCR5不活性化によって双子が将来そうした疾患に罹患した場合は、賀建奎の刑事責任が問われると見られている。
  • 賀建奎は双子を18歳までフォローするとしていたが広東省保健省によって研究を禁じられた。一方で、中国の公的機関が、双子および2019年8月に出生するとされているもう一人のCRISPR babyに、今後どのように関わっていくのか、不明である。
2) CRISPR baby誕生に関与したとされる科学者に起こること
  • 賀建奎の計画の内情を知っていた (in the know)とされる研究者の責任が問われている。ライス大学は、最も事情通であったとされているMichael Deemの関与を調査中である。他に、賀が設立したスタートアップ企業のアドバーザであった複数の米国研究者も内情を知りながら沈黙していたとして非難されている (次項「賀建奎のプランに沈黙していた科学者たち」参照)
3) ゲノム編集研究に起こること
  • 賀建奎の実験は、何事も回転が早い現代では、いずれほとんど影響を残さないまま過ぎ去っていくとする意見もあるが、発生や発症の分子機構解明を目的としたヒト胚ゲノム編集あるいは体細胞ゲノム編集などの研究にバックラッシュが起こすことが危惧されている。
  • ヒト胚ゲノム編集を全面的に一時停止すべき (moratorium)という意見や、国際的なmoratoriumを志向する意見も出ている。一方で、遺伝疾患の抑止に他に選択肢がないヒト胚ゲノム編集実験を容認する主張も相次いでいる。
4) 次のCRISPR babies
  • 遺伝子編集に関連する各国の規制は、2016年時点では、restrictiveからpermissiveまで多様であり (出典の挿入図 THE LEGAL LANDSCAPE参照)、野心を抱く研究者やクリニックが次のCRISPR babiesを世に出す可能性がある。ミトコンドリア置換療法 (mitochondrial replacement therapy, MRT)は多くの国で禁止されているが、ロシア、ウクライナ、スペイン、アルバニアおよびイスラエルにはMRTを提供するクリニックが存在する。
  • crisp_bio注:MIT Technology Review (2019-02-01)に掲載された記事"The DIY designer baby project funded with Bitcoin"によると、プログラマーでありBitcoin投資家であるBryan Bishopは、「デザイナー・ベビー (enhanced babies)とヒト生殖細胞系列遺伝子編集を目的とするスタートアップ企業」を設立し、ウクライナのGerontology InstituteにBitcoinで資金提供をし、マウス精子の遺伝子編集実験を進めている。Bishopの提案書にはヒト胚ゲノム編集によるさまざまなヒトの機能拡張が記載されている。Bishopは、バイオハッカー・コミュニティーには、DIYゲノム編集を自ら試みた例がすでに現れているが、DIYゲノム編集を支援する動きも見せている。
2. 賀建奎のプランに沈黙していた科学者たち
[出典] WORLD VIEW "Why were scientists silent over gene-edited babies?" Natalie Kofler (Yale Interdisciplinary Center for Bioethics in New Haven). Nature. 2019-02-26.
  • 賀建奎とヒト胚ゲノム編集についてコミュニケーションを取っていた科学者は、公になるまで沈黙していた理由を、「賀建奎の意図が確かではなかった」「思い止まるよう説得した」「守秘する義務感」「国際的な規制組織が存在していなかった」としている。
  • これまでの科学の徳目は、独立性 (independence)、大志 ( ambition )および客観性 ( objectivity)であったが、ゲノム編集技術の進歩は、科学の徳目として、共感(cpmpassion)、人間性 (humanity)、他愛 (altruismt)、が必要なこと示唆している。これらの徳目が意識されていれば、現時点で、誕生する子、その両親、さらに、将来の子、に心身ともに予測不可能なリスクを負わせ、また、致死性遺伝子疾患の研究開発の進展を阻害することにもなる実験は、行われなかったであろう。
  • 国際的な規制や倫理的な枠組みについては注目が高まっている。賀建奎の計画を明らかに知っていた研究者に対する所属大学による調査が始まり、中国では賀建奎が処罰される見込みである。しかし、処罰だけでは不十分であり、社会的価値 (sptoetal value)の感覚を研究者の身につけさせる必要がある。
  • Scientific Citizenship Initiative, The Summer internship for INdigenous peoples in Genomics (SING) WorkshopEditing Natureなどの活動は、社会的意識が高くより公平で公正な科学の実現に貢献することを期待したい(*)。タスキギー梅毒実験や、ヘンリエッタ・ラックスから無断で採取したHeLa細胞の時から、ようやくここまで来たが、科学の有り様を極めるまでの道は長い
  •  (*) WHOは2019年3月18に、ヒト遺伝子編集のガイドラインを議論する場を設ける。
3. 参考

1) 2019-02-22 賀建奎らによるヒト胚でのCCR5遺伝子編集の意味を改めて考える (1)

2) 中国での初の受精卵ゲノム編集以後、中国、米国、英国などで相次いだ受精卵ゲノム編集