[出典] "NEWS AND VIEWS "Lethal clues to cancer-cell vulnerability" Feng FY, Gilbert LA. Nature. 2019-04-10.と4論文(*)

 2019年4月にNatureに2報 [*1, *2]、eLifeに1報 [*3]、またそれに先立つ3月下旬 iScience誌 [*4]に、「DNA修復機構に一定の不全が生じた癌細胞はその生存をATP依存性ヘリカーゼである酵素WRNに依存する」とする報告が発表された。UCSFのFelix Y. FengとLuke A. Gilbertは、プール型ゲノムワイドCRISPR-Cas9ドロップアウトスクリーニング (以下、CRISPR-Cas9 KO)利用の観点から、iScience論文以外の3報をNature NEWS &VIEWSにて取り上げた。なお、iScience掲載論文は合成致死候補遺伝子を予め絞り込んだ上でのRNAiによる遺伝子ノックダウン実験に基づく:
  1. "Prioritisation of oncology therapeutic targets using CRISPR-Cas9 screening" Behan FM, Iorio F [..] Yusa K, Garnett MJ. Nature 2019-04-10 (bioRixv 2018-12-20) (crisp_bio 2018-12-22 CRISPR-Cas9スクリーニングを使って、癌治療標的候補を仕分けする)
  2. "WRN helicase is a synthetic lethal target in microsatellite unstable cancers" Chan EM, Shibue T [..] Vazquez F,  Bass AJ. Nature 2019-04-10.(bioRxiv 2018-12-21).
  3. "Werner syndrome helicase is a selective vulnerability of microsatellite instability-high tumor cells"Lieb S, Blaha-Ostermann S [..] Petronczki M,  Wöhrle S. eLife 2019-03-25
  4.  "Werner Syndrome Helicase Is Required for the Survival of Cancer Cells with Microsatellite Instability" Kategaya L, Perumal SK, Hager JH, Belmont LD. iScience 2019-03-29
 Sanger研究所のBehanら[論文1]は、大規模なCRISPR-Cas9 KOの結果に、バイオマーカや体細胞変異頻度などのデータを加えて抗がん剤の標的とした場合の効果を示すスコア (fitness scores)から遺伝子をA/B/Cの3段階に分類し、同時に、創薬のし易さ(tractability)の観点からのスコア(priority score)から3段階に分類した。その中で、fitness scoresでA分類でtractabikity第2グループに属したウエウェルナー症候群のRecQ様ヘリカーゼWRNをコードする遺伝子に注目し、スコア付の際にマイクロサテライト不安定性との相関が高かったことを手掛かりに、関連情報を集約し、WRN遺伝子がマイクロサテライト不安定性が高い癌に対する有望な治療標的であると判定した (原論文Fig. 1参照)。

 Behan論文は2018年12月20日にbioRxivに投稿されており、crisp_bioはその投稿を2018-12-22の記事「癌治療標的候補をプール型CRISPR-Cas9スクリーニングで'トリアージュ'」で取り上げた。Nature論文をbioRxiv投稿と比べると、解析対象が12種類の組織にわたる204種類の癌細胞株から、19種類の組織にわたる324種類の癌細胞株へと拡大され、また、成果をSanger研究所のDepMapプログラム(#)の一環としてproject scoreデータベースとして公開されたが、研究の方向性と遺伝子分類の大要に変更は見られなかった (# 2019-04-13 crisp_bio記事「Broad研とSanger研がそれぞれ独自にCRISPR-Cas9スクリーンにより同定した癌細胞株147種類の遺伝子16,733種類への依存性プロファイルは整合したか?」参照)

 Chenら[論文2]はBroad研究所の細胞株517種類を対象とする CRISPR-Cas9 KOスクリーンに基づくCancer Dependency Mapプロジェクトの一環であるAchillesプロジェクトと、RNAiノックダウンに基づくNovartis Institutes for Biomedical Researchの癌細胞株398種類を対象とするDRIVE (Deep RNAi Interrogation of Viability Effects in cancer; crisp_bio 2017-08-06記事  癌細胞必須遺伝子リスト第2項参照)プロジェクトの双方に由来する癌細胞遺伝子依存性データを利用した (原論文 Fig. 1参照)。

 その上でChenらは、DNAミスマッチ修復機構の不全によって誘導されるマイクロサテライト不安定性 (microsatellite instability: MSI)が高頻度 (MSI-High)な癌細胞が多数の遺伝子の中で特にWRN遺伝子に依存し、MSIが安定な癌細胞はWRN遺伝子に依存しないことを見出した。WRN遺伝子のCRISPR-Cas9によるノックアウトとRNAiによるノックダウンは、MSI-Highの癌細胞にDSBを誘導し、細胞死と細胞周期停止を亢進した。すなわち、WRNはMSI-Highの癌細胞を合成致死に誘導する薬剤の標的遺伝子であった。

 BehenらとChenらはともに、WRNの阻害とDNAミスマッチ修復関連遺伝子の変異との組み合わせがMSI-Highの癌細胞に合成致死をもたらすことを示したが、Boehringer IngelheimのLiebら[論文3]は、DRIVEデータベースの解析に基づいて、「WRNがMSI-Highの癌細胞を合成致死に誘導する」仮説を立て、機械学習によるデータ解析と、マイクロサテライトが安定している癌細胞とMSI-Highの癌細胞のWRN遺伝子を標的とするRNAiノックダウン実験により、仮説を実証した。

 IDEAYA BiosciencesKategaya Lら[論文4]は、WRNと別のヒトRecQヘリカーゼBLMと、癌細胞株におけるDNA損傷応答関連遺伝子17種類との間の合成致死の関係の有無を、RNAiによるノックダウン実験で分析し、その欠損がMSI-HighをもたらすDNAミスマッチ修復タンパク質MutL homolog 1 (MLH1)が、WRNと合成致死の関係にあり、WRN遺伝子のノックダウンが、MSI-Highの癌細胞を損なうが、マイクロサテライトが安定な癌細胞を損なわないことを見出した。また、WRNはエクソヌクレアーゼ・ドメインを帯びた唯一のヒトRecQ酵素であるが、ヘリカーゼ活性の欠損だけが、MSIとの間の合成致死相互作用をもたらすとした。