(創薬等PF・構造生命科学ニュースウオッチ 2016/10/02)
  • Corresponding authors
    論文:Michael R. Speicher (Medical U. of Graz)
    NEWS & VIEWS:Muhammed Murtaza (Translational Genomics Research Inst./Mayo Clinic Center Individualized Medicine);Carlos Caldas (U. Cambridge) 
  • 近代医学の柱の一つであった血液検査は、血漿中のセルフリーDNA(cell-free DNA, cfDNA)配列解析にまで進んできた。(*)。cfDNAは主として、アポトーシス細胞から放出されたヌクレオソームで保護されたDNA断片で構成され、癌患者のcfDNAには、腫瘍細胞由来のDNA(circulating tumor DNA, ctDNA)が含まれている。
    (*) [注] 創薬等PF・構造生命科学ニュースウオッチ2016/03/19細胞から血中に放出されるセルフリーDNA(cfDNA)から分かること”。
  • cfDNAの解析は従来、腫瘍組織で起こる体細胞変異を手がかりにした癌の診断に応用されてきた。研究チームは今回、転写開始点周囲の血漿cfDNA断片配列の重なり(以下、cfDNA深度)($)のパターンから、腫瘍組織における遺伝子発現を推定した。 
    ($) [情報拠点注] cfDNA深度:cfDNA断片シーケンスを参照ゲノム配列にマッピングすることで見えてくる断片配列の重なり度合い
  • [予備実験] 179種類の血漿サンプルから得たcfDNA深度と、micrococcal nuclease(MNase)で消化したリンパ芽球様細胞株のクロマチンからの結果とよく相関し、さらに、104種類の血漿サンプルについて、cfDNA深度が、ハウスキーピング遺伝子群と、公共データベースから抽出された血漿中のcfRNAにおいて最も高発現している遺伝子群の転写開始点(TSSs)で底となり、TSSの上流と下流で明確に周期的に上下することを見出した。一方で、ほとんど発現していない遺伝子では、ヌクレオソームによる高密度な保護を反映してcfDNA深度がより深く、また、明確な周期パターンが見られなかった。
    • 予備実験の結果に基づいて、TSS周辺の2 kb領域(-1,000〜+1,000 kb)におけるcfDNA深度と、TSSの-150 bp〜+50 bpにあたるヌクレオソーム非存在領域(nucleosome-depleted region, NDR)におけるcfDNA深度から、カーネル密度推定により遺伝子発現の分類器を導出し、発現が最も高い遺伝子と最も低い遺伝子100種類を91%を超える精度で同定した。
  • [癌患者における遺伝子発現推定] 転移性乳癌患者2名由来のcfDNAを平均8-9xの深度で全ゲノムシーケンシングし、ctDNAの割合がそれぞれ45%と72%と判定。cfDNAに占めるctDNAの割合は、腫瘍細胞におけるコピー数変異依存で遺伝子座の間で変動した。
    • ctDNAがcfDNAの75%を超える領域を対象として、分類器を使って、初代腫瘍細胞においてRNA-seqで測定される遺伝子発現を精密に推定した。
    • ERBB2HER2)のように多重なアイソフォームが存在する遺伝子について、腫瘍において最も高発現しているアイソフォームを同定した。
    • また、転移癌患者由来の426の血漿サンプルの半数以上について、ctDNAのシーケンシングによって、ゲノムのいくつかの領域で腫瘍遺伝子発現を推定した。
  • 今回の研究成果は、ctDNAが腫瘍におけるゲノム変異にとどまらず、腫瘍における遺伝子発現の解析にも利用可能であることを示し、トランスクリプトームを始めとして非侵襲的に測定可能な対象が大きく広がっていくことを示唆する。現状では、cfDNAに占めるctDNAの割合が高いことが前提になっていることや、ディープ・シーケンシング(深度/重複度の高いシーケンシング)のコストなどの課題が残っていることから、既知のTSSsや限られた遺伝子群を標的としてエンリッチしたcfDNAの解析から応用展開していくことになろう。