[出典] "Ordered insertional mutagenesis at a single genomic site enables lineage tracing and
analog recording in mammalian cells" Loveless TB, Grotts JH [..] Liu CC. bioRixv 2019-05-16.

背景
 CRISPR-CasがDNAに誘導する変異によって細胞事象をDNAに記録し (DNAレコーディング)読む出すことで、大規模な細胞系譜や細胞過程を再構成する技術が2016年以来次々に開発されてきた:LINNAEUS 2018-04;ScarTrace 2018-03;scGESTALT 2018-03:hgRNA2016-12:CAMERA 2018-02;TRACE 2017-12;Record-seq/SENECA 2018-10;MEMOIR 2016-11;mSCRIBE 2016-08;CRISPR-Barcoding 2016-07;GESTALT 2016-05。
 最近も、2019年5月7日にDNAレコーディングの解析に最尤法を取り入れた細胞系譜再構成法 LinTIMaTがbioRxivに投稿され、2019年5月13日に、マルチチャネル化したDNAレコーディングによるマウス胚形成細胞運命マップの成果Nature誌から発表された、これらに今回 (5月16日)、UC Irvineの研究グループのCell HistorY Recording by Ordered iNsertion (CHYRON)が加わった。

概要

 CHYRONは、単一の遺伝子座 (CHYRON遺伝子座)に時系列に応じて挿入変異を蓄積し、それを次世代シーケンシングで読み出し、解析することで、細胞系譜の追跡 (lineage tracer)と細胞ストレスの遡及(stimulus recorder)を実現する。

特徴
 CHYRONまでのDNAレコーディングは、合成DNAアレイを記憶媒体とするGESTALT法にしても、改変sgRNA (hgRNA)をコードするゲノムDNA領域自身を記憶媒体とするhgRNA (homing guide RNA)法にしても、Cas9がランダムに誘導する挿入欠失変異を前提として設計されたが、主として欠失変異に依存することになる。単一遺伝子座に発生する欠失は、それまでに生じた挿入変異および欠失変異を損なうリスクを伴い、また、欠失の累積自身にも限界がある。そこで、UC Irvineの研究グループは挿入変異に基づくCHYRONの開発に着手した。

構成と機序
 CHYRONは、Cas9ヌクレアーゼとhgRNA (CRISPR関連文献メモ_2016/06/10 第4項目)、および、DNA書き込み因子で構成されている。DNA書き込み因子は、DNA鎖の3'末端-OHにデオキシヌクレオチドを転移する酵素 (TdT)であり、Cas9が誘導する二本鎖DNA切断 (DSB)に続いて、そのDSB部位にヌクレオチド (nucleotides, nts)をランダムに挿入する役割を担い、その結果、DSB修復後のDNAに挿入変異 (base pairs, bps)が刻み込まれていく。一方で、hgRNAは'homing'が意味するように自身をコードする遺伝子座を繰り返し標的とすることから、hgRNA遺伝子座 (ここでは、CHYRON遺伝子座)に、細胞状態の遷移に応じた挿入変異が、順次、刻み込まれる。こうして累積された挿入変異のNGS解析から、細胞に起こった事象を遡及することが可能になる。

HEK293T細胞での予備実験
 予備実験にて、1ラウンドのCas9遺伝子編集において、Cas9ヌクレアーゼ単独の場合は変異の84%が欠失、13%が1-bp挿入であったところ、TdTを併用することで、変異の74%が挿入になり、その平均長が2.9 bp (情報量 5.2 bits)になることを同定した。続いて、マルチラウンドの細胞事象を記録可能とするCHYRON遺伝子座の最適化を模索し、8.4 bpsの挿入 (15.3 bits)を可能とする16 bpの長さの
CHYRON16i遺伝子座に到達した。

細胞系譜再現実験
 293T-CHYRON16i細胞10,000個を4つのウエルに播種し、3回の倍加に要する時間に相当する3日間Cas9とTdTを発現させ、それぞれのウエルの細胞集団を2分割して8ウエル (それぞれ43,000細胞集団)へ、同様にして、16ウエル (それぞれ400,000細胞集団)へと分割した上で、3日後の3.2 M細胞集団16種類のNGS解析から、配列類似性と階層的クラスタリングにより、分割過程を完全に再現することに成功した。

酸素ストレス再現実験
 研究グループは、挿入変異の長さから、細胞に酸素ストレスのレベルと時期を遡及的に同定可能なことも示した。 Cas9とTdTのプロモーターとして、酸素ストレスに応答する4xHRE-YB-TATAを選択し、さらに、Cas9に酸素依存性デグロン・ドメインを融合したCHYRON16iを導入した293T細胞を、低酸素誘導因子HIF-1を活性化するジメチルオキサリルグリシン (DMOG:濃度 3種類, 期間5種類)に暴露し、レベルと期間に応じて挿入が長くなることを同定した。

課題
 DSBに対するTdTの応答を、CHYRON遺伝子座に限定し、Cas9-hgRNA以外の原因で発生する可能性があるDSBへの応答を抑止する;挿入変異の累積を介したCHYRON遺伝子座伸長によるCas9-hgRNAの活性低下を回避する;欠失変異を完全に抑止する。