[出典] "Systematic evasion of the restriction-modification barrier in bacteria" Johnston CD, Cotton SL, Rittling SR, Starr JR, Borisy GG, Dewhirst FE, Lemon KP. PNAS 2019-05-16;"SyngenicDNA: stealth-based evasion of restriction-modification barriers during bacterial genetic engineering"
bioRxiv 2018-08-09

背景

 遺伝子工学はバクテリアの基礎研究、応用研究ならびに臨床研究に有用ではあるが、実際に適用可能なバクテリアはいくつかのモデルに限られている。外来DNAによる形質転換が遺伝子工学の鍵となるプロセスであるが、形質転換性*を内在しているバクテリアは、既知のバクテリア (〜6,600種類の標準株と~30,000種類の命名分離株)のうち~80種 (species)と言われている。これは、バクテリアに内在する制限修飾系 (restriction-modification (RM) system)*によって外来DNAが分解されるためであり、モデル以外のバクテリアを対象とする遺伝子工学では人工的な形質転換法を用意する必要がある。さらに、RMシステムは菌株レベルで多様なため*、その開発は簡単ではない。
  • (*) バクテリアは接合または、バクテリオファージやウイルスを介した形質導入によって外来DNAを受け入れるが、この2種類のプロセスは、遺伝子工学にとりいれるにはあまりに複雑な機構である;RMシステムは、ゲノムシーケンシングされたバクテリアの~90%に見出されている;RMシステムの多様性については、例えば、450種類を超えるモチーフが知られている。
 RMシステムは、制限酵素 (restriction endonuclease: REase)とDNA修飾メチラーゼ (modification methyltransferase: MTase)の2種類によって、外来DNAと自己 (宿主)DNAを識別し、外来DNAを分解する。REaseは、極めて特異的な標的配列 (モチーフ)のDNAメチル化状態を認識し、メチル化されていないあるいはメチル化状態が宿主ゲノム上のモチーフと異なるDNAを分解する。MTaseは宿主ゲノム内在モチーフをメチル化し、REaseによる分解から宿主DNAを守る。
 
 RMシステムの監視を回避して外来DNAをバクテリアに形質転換する手法として、宿主DNAのメチル化を'偽装'する'mimicry-by- methylation'が実用化されているが、この手法は時間と経費を要し、任意の基菌株に展開するには向かない。

成果概要

 Fred Hutchinson Cancer Research Center、The Forsyth Instituteなど米国研究グループは今回、宿主モチーフのメチル化状態の'偽装'に替えて、外来DNAからモチーフを消すことで、RMシステムに対して外来DNAをステルス化することを発想・実現し、このステルス化したDNAを “SyngenicDNA” と命名し、それを送達するミニサークル (minicircle)プラスミドをSyMPL (SyngenicDNA Minicircle Plasmid)と命名した。

SyngenicDNA - SyMPLの4ステップと実証 (原論文 Fig. 1参照)
  1. Single-molecule real-time sequencing (SMRT-seq)によるゲノム・メチローム解析による菌株特異的モチーフの同定
  2. 形質転換用DNA設計とRMシステムの標的モチーフのスクリーン
  3. モチーフ消去の設計 (コーディング領域におけるモチーフについては機能を改変することなくモチーフを消す同義置換を導入し、非コーディング領域では点変異 (SNPs)導入によりモチーフを消去)とそれにもとづくSyngenicDNA合成
  4.  SyMPLの形成と送達
 SyngenicDNASyMPLの性能を、RMシステムがその遺伝子工学を阻んできたMRSA臨床分離株であるStaphylococcus aureus USA300に由来するS. aureus JE2をモデルとして検証し、形質転換効率が~100,000倍へと改善することを実証した。