# [crisp_bio注] 2019-06-12に体細胞変異数のタイポを8,870へと修正しました; 2019-07-15に記事タイトルに副題を追加しました。
 [出典] ニュース "The human body is a mosaic of different genomes" Ledford H. Science 2019-06-06.  展望 "Mutated clones are the new normal" Tomasetti C (Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health). Science 2019-06-07.  論文 "RNA sequence analysis reveals macroscopic somatic clonal expansion across normal tissues" Yizhak K [..] Getz G. Science 2019-06-07.

 Broad InstituteのGad Getzらの研究グループは今回、DNAシーケンシングデータに代えて、RNAシーケンシグデータから体細胞変異を検出する高感度かつ高精度な手法RNA-MuTectを開発し、健常人の組織が、異なる変異が集積したクローン群からなるモザイクであることを明らかにした

 はじめに、RNA-MuTECを癌ゲノムアトラス (The Cancer Genome Atlas: TCGA)から抽出した同一細胞由来のDNAとRNAが存在し6種類の癌型をカバーする243種類のサンプルのデータに基づいて最適化し、別セットの303 TCGAサンプルのデータで、その高感度・高精度を検証し、健常人由来サンプルのRNA-seqデータ解析へと進んだ。

 組織特異的遺伝子発現を網羅するプロジェクト(Genotype-Tissue Expression: GTEx)が提供するデータベースから抽出した健常人コホート(488名)のサンプル(29種類の組織)に由来する6,707件のRNA-seqデータを解析した。
  • サンプルの37% (2,519サンプル)/コホートの95% (467人)から8,870種類の体細胞変異を同定し、29種類の組織全てに、同一変異を帯びた細胞が増殖した集団 (クローン性増殖)が見られ、数種類のクローン性増殖が共存する例も見られた (モザイク現象)。 
  • 体細胞変異の頻度が最も高い組織は、紫外光(太陽光)にさらされる皮膚、外来分子(食事)にさらされる食道、および外気にさらされる肺であった。
  • また、体細胞に蓄積される変異量が、年齢および細胞の増殖速度と相関することも見出した。 これまでにも、DNAシーケンシグ解析に基づいて、皮膚 (Science, 2015)、食道 (Science, 2018)、血液(NEJM, 2014) におけるモザイク現象が報告されていたが、いずれも、特定の遺伝子について小規模なクローン性増殖を解析した結果であった。今回は、29組織と発現遺伝子全てを網羅した解析結果である。一方で、進化シミュレーションによれば大規模なクローン性増殖は稀な現象であり、また、今回の解析では小規模なクローン性増殖は見逃されていることから、モザイク現象の頻度は今回報告よりもさらに高頻度に発生すると考えられる。
  • サンプルの3%/コホートの33%は、Cancer Gene Census (CGC)のCOSMIC に収録されている非同義置換変異を少なくとも1種類帯びていた。癌関連非同義変異は、組織では、皮膚、食道、脂肪組織、副腎、および子宮にエンリッチされていた。癌関連非同義変異また、遺伝子ではTP53NOTCH1の2種類の遺伝子に最も高頻度で見られ、非同義置換と同義置換の比から、TP53とNOTCH1の遺伝子変異が自然選択に有利に働くことが示唆された。
  • 癌と診断されていない健常人に癌遺伝子変異と同じ体細胞変異が蓄積されていたことは、正常と非正常の境界を曖昧にすると同時に、癌化の分子機構をその最初期まで遡求できる可能性を示した。
  • RNA-MuTectを利用して、健常人におけるアレル不均衡も検出した。
余談

 論文と同号のScience誌に掲載された「展望」のタイトルは"Mutated clones are the new normal"となっている。'New normal'は元々は2007~2012年にかけての経済危機(great recession)後の金融状況を表現する用語として生まれ、その後、「かっては異常とされていた事態が、今やありふれた当然のものとなっている (Wikipediaニュー・ノーマル)」状況を意味する用語として各分野で使われるようになった。