[出典] Could editing the DNA of embryos with CRISPR help save people who are already alive? Joseph A. STAT News 2019-09-16.

'Saviour sibling' - 他に治療法が無い遺伝病の兄姉のドナーとなる目的とした誕生に至った弟妹
  • ファンコーニ貧血 (Fanconi anemia、FA)は様々な臓器の発育不全や悪性腫瘍などを発症する遺伝子疾患である。責任遺伝子としてDNA修復遺伝子19種類 [1]が知られているが、効果的な治療法が確立されておらず、造血器腫瘍に対する造血幹細胞の移植が唯一長期的な治療効果をもたらす可能性がある療法である。
  • 造血幹細胞移植 [2]には、患者のHLA型と一致するHLA型を帯び、かつ、FA変異その他の遺伝子疾患変異を帯びていない細胞のドナーの協力が必要である。HLA型が一致するドナーが存在する確率は、非血縁者の間では極めて低く、同じ両親から誕生した兄弟姉妹の間では4分の1の確率で存在するが、現実にHLA型が一致する兄弟姉妹が存在する例は稀である。
  • こうした状況の中で、体外受精 (IVF)と着床前診断 (PGD)を経て、2000年に"The Miracle of Molly" [3-4]が公になった。Molly Rose NashはFA患者で兄弟姉妹が存在しない一人っ子であり、FA変異をそれぞれ帯びていた両親は第2子も常染色体劣性遺伝病FAであるリスクを恐れていたが、4回のIVF (US$15,000)とPGD (US$6,000)を経て5回目で24個の受精卵から唯一、MollyとHLA型が一致しFA関連変異を帯びていない受精卵を得て、2000年8月29日にMollyの弟Adamを出産するに至った。その際に臍帯血を採取保存し、Mollyの骨髄細胞を破壊した後に骨髄移植が行われた。移植した骨髄細胞はMollyにて正常に機能し始めたが、FAの症状は続き、食欲を感じないことから経鼻チューブを介して栄養を摂り、毎年35-40回、固形腫瘍のスクリーンに通院している。
  • Adam Nashは公開された'saviour sibling'の初めての例とみられるが、英国では、英国人家族が米国で'savior sibling'による遺伝病治療が行われた後、2008年にIVF-PGDを介した'saviour sibling'が臓器移植を排除した形で合法化され [5]、2010年に英国における'savior sibling'によるFA治療の成功例が公になった [6] 
  • 'Savior sibling'これまでに数百例あるとされているが、兄姉の救済を目的とする行為*、IVF-PGDを経て「受精卵を選別する行為、誕生した弟妹の自己認識などの観点から生命倫理の議論が続いている [* 'saviour sibling' は'donor baby'とも称される]。
ヒト胚ゲノム編集
  • CRISPR技術の発見以来、ヒト胚ゲノム編集により遺伝病の責任変異を修復するアイデアが議論されてきたところ、ヒト胚ゲノム編集により'CRISPRbabies' [7]が現実に誕生した。しかし、倫理的にも、手続き的にも、医学的にも、あまりに杜撰であったことから、それ以後、ヒト胚ゲノム編集に関する議論が沸騰し、現在、その実験研究はモラトリアムに位置付けられている。
  • その議論の中で、ヒト胚ゲノム編集実験研究の対象として「他に治療法の無い致死的遺伝疾患の予防」が挙げられているが、'savior sibling'はこの議論の陰に隠れていた「他に治療法の無い致死的遺伝子疾患を帯びている患者の治療」の観点を浮上させる。
  • 骨髄細胞の不全を修復するドナーからの骨髄移植には自家造血幹細胞移植同種造血幹細胞移植の2種類の手法がある。'Savior sibling'は同種造血幹細胞移植にあたるが、CRISPR遺伝子編集技術は、HLA型の編集と遺伝子変異の修復を介して、患者自身も含むドナーの範囲を広げる可能性を秘めている。
  • 2015年の第1回ヒト遺伝子編集国際サミット [8] で、ヒト胚ゲノム編集の研究開発を進めるという文脈の中でGeorge DaleyはIVF-PGDの限界を指摘している。
  • 遺伝病の遺伝子治療の研究開発がCRISPRゲノム編集技術の誕生によって加速し、FAについてもCRISPR/Cas9によるFA発病の分子機構解析や遺伝子治療の研究開発が始まっているが [9-12]、生命倫理を巡る議論の成熟とともに、技術の成熟も待たれる。
[引用資料]
  1. 分子レベルで見たファンコーニ貧血. Wikipedia
  2. 造血幹細胞移植とは. 国立がん研究センターガン情報サービス 2019-09-23.
  3. The Mirale of Molly. 5280 Denver's Mile High Magazine 2005-08-01.
  4. Case Study in Savior Siblings. Scitable by Nature Educataion 2013-06-11.
  5. UK Parliament legislates 'saviour sibling' treatment. BioNews 2008-05-27.
  6. First complete 'saviour sibling' transplant carried out in the UK. The Telegraph 2010-12-22 
  7. 2019/08/02 'CRISPRbabies'に至るまでと'CRISPRbabies'のこれから 
  8. International Summit on Human Gene Editing (2015) The National Academies of Sciences,  Engineering and Medicine.
  9. CRISPRメモ_2019/02/01_2  [第1項] CRISPR/Cas9によるファンコーニ貧血遺伝子治療の可能性
  10. 2018-08-07 FANCAが一本鎖アニーリングと相同鎖交換を触媒することで、DSBの相同組換え修復を亢進する
  11. CRISPRメモ_2018/12/19 - 1  [第4項] ファンコーニ貧血症の分子機構解析の基盤となるゼブラフィッシュ変異体の作出
  12. CRISPRメモ_2017/09/03 [第2項] [レビュー] 血液疾患CRISPR/Cas9遺伝子治療の最新動向