[出典] Incorporation and influence of Leishmania histone H3 in chromatin. Dacher M [..] Kurumizaka H. Nucleic Acids Res. 2019-11-13;  [構造情報] PDB ID - 6KXV LmaH3 nucleosome (2019-11-19 公開待ち)

 東京大学、がん研究会、早大ならびに東工大の研究グループは今回、GFPで標識したリーシュマニア (Leishmania major)のヒストンH3 (LmaH3)を、PiggyBacトランスポゾンによりヒト細胞内で異所的に発現させ、LmaH3がヒト細胞 (HeLa)のクロマチンに取り込まれることを示した (Figure 1 (B), (F)引用下図参照)。LmaH3 HeLa
[背景]
  • 寄生原虫リーシュマニアはサシチョウバエ類によって媒介されて脊椎動物に感染し、マクロファージ内で増殖し (Wikipediaのリーシュマニアの項から引用した下図参照)、リーシュマニア症を引き起こすが、宿主の自然免疫応答を回避する分子機構は不明であった。一方で、近年、病原体が宿主のエピゲノムをハイジャックする事例が報告されてきた。Leishmania
  • これまでに、宿主細胞の免疫システムを障害する因子の同定を目的として、リーシュマニアが宿主細胞にて分泌する因子の同定が種々試みられてきたが、興味深いことに、しばしばヒストンが同定されてきた。また、トリパノソーマやマラリア原虫といった寄生原虫もヒストンを分泌すると報告されてきた。
  • 4種類のヒストン (H2A、H3B、H3およびH4)が、真核細胞のクロマチンの基本単位であるコア複合体'ヌクレオソーム'を形成し、~150 bpのDNAが巻きつくことで、遺伝子発現を調節する構造基盤を構成する。ヒストンには多様な変異体が存在し、それぞれに独特なクロマチン構造をもたらす。ヒストンの生物種間での保存性は比較的高いが、その中で、リーシュマニアとヒトのヒストンの同一性は48-60%に止まる (酵母とヒトのヒストンの同一性は80-92%)。したがって、仮にリーシュマニアのヒストンが、宿主染色体に取り込まれれば、宿主のクロマチンの構造ひいては宿主細胞の遺伝子発現に大きな影響を及ぼす可能性が高い。
[成果]
  • LmaH3と、ヒトのヒストン3種類 (H2A, H2BおよびH4)からなるヌクレオソームを再構成し、その結晶構造を決定した (PDB ID 6KXV)。
  • LmaH3を帯びたヌクレオソームはヒトH3.1を含むヌクレオソームよりも不安定であった。変異誘発実験から、ヒトH3.1の残基Tyr41、Arg63およびPhe104に相当するLmaH3の残基Trp35、Gln57およびMet98が、LmaH3の不安定性をもたらし、LmaH3がヌクレオソーム内でH3-DNA間の相互作用をヒトH3.1から弱めることが示唆された。
  • さらに、沈降速度アッセイから、LmaH3を帯びたクロマチンは、DNAが帯びている負電荷を打ち消すMg2+によるクロマチン凝縮促進に抵抗し、オープンなコンフォメーションを維持することも見出した (Figure 6引用下図参照)。LmaH3
  • リーシュマニアから分泌されるタンパク質として、ヒストン・シャペロンのNapタンパク質も高頻度で見られ、NapがLmaH3のヒト・ヌクレオソームへの組み込みを促進する可能性がある。
  • LmaH3を含むヌクレオソームは、リーシュマニア症に対する治療標的の可能性を秘めている。