[PERSPECTIVE] Molecular messages in human microbiota. Henke MT, Clardy J. Science. 2019-12-13.
 Harvard Medical School 生物化学・分子薬理学部のJ. Clardyらが、Science Perspectiveにて、対照的な手法によりマイクロバイオームに由来する低分子の機能解析を実現したSciencイタ誌掲載2論文を紹介した。

1. メタゲノムデータから生合成遺伝子クラスタを直接発見するMetaBGC
[出典] A metagenomic strategy for harnessing the chemical repertoire of the human microbiome.  Sugimoto Y,  Camacho FR [..] Donia MS. Science. 2019-12-13
 ヒトのマイクロバイオームとヒトの健康および疾病との連関を示唆するデータが急速に蓄積されつつあるが、その分子機構の鍵を握っているのがマイクロバイオームから生産される低分子である。
 バクテリアにおいて低分子を生合成する遺伝子群は、ゲノム上で生合成遺伝子クラスタ (biosynthetic gene clusters, BGCs)と呼ばれるクラスタを形成している。Princeton Universityの研究グループは、モジュラー型の確率モデルに基づいて、分離培養可能な菌株のゲノム解析に依存することなく、マイクロバイオームからのメタゲノムデータから直接BGCsを同定するツール、metagenomic identifier of biosynthetic gene clusters (MetaBGC)を開発し、ヒト・マイクロバイームのメタゲノムデータから直接 II型ポリケタイド BGCsを同定し、実験検証も行った。
  • MetaBGCは、多様な微生物ゲノムが混在する複雑なメタゲノムデータから生合成酵素のホモログを同定するための確率モデル MetaBGC-Build、ヒト・マイクロバイオームの数千件のシングルリード・レベルのデータから生合成遺伝子を同定する MetaBGCーIdentify、解析対象マイクロバイオームにわたる生合成リードの定量化 MetaBGC-Quantify、およびクラスタリング MetaBGC-Clusterで構成される。
  • MetaBGCを、米国・スペイン・デンマークの西欧系と中国とフィジーの非西欧系の人類集団に由来する腸・口腔・皮膚・膣のメタゲノム3,203サンプルに適用し、II型ポリケタイドをコードしている可能性がある完全なBGCs 13種類を発見した。
  • 13種類のうち8種類は、ヒト・マイクロバイオームから分離された菌株ゲノムに分散してコードされており、5種類はこれまで明らかにされてきたバクテリアの配列データには見られない配列で構成されていた。
  • II型ポリケタイドBGCsは、腸、口腔および皮膚のマイクロバイオームで見出され、宿主に定着した状態で転写され、異なる人類集団に広く分布していた (なお、コホートにおける健常な米国人46%の腸、口腔または皮膚のマイクロバイオームには、少なくとも1種類のII型ポリケタイドBGCが見られた)。
  • 続いて、口腔マイクロバイオームと腸マイクロバイオームで発見した2種類のII型ポリケタイドBGCsについて合成生物学の手法で実験検証した。すなわち、メタゲノムから発見したBGCsを再構成し、由来する菌株を探索することなく、さまざまな宿主バクテリアで発現させ、産物を解析した。この手法により、解析した2種類のBGCsから5種類の新奇II型ポリケタイド分子を精製し、構造を決定することに成功した。さらに、2種類の分子は、その分子を生産するマイクロバイオームと同じニッチに存在するバクテリアに対する抗菌性を発揮することを同定した。すなわち、II型ポリケタイド分子が、マイクバイオームにおけるバイクテリア間の競合に関するメッセージを帯びていることが示唆された。
2. CRISPR-Cas9遺伝子ノックアウトから始めるマイクロバイオーム由来分子の機能同定
[出典] Depletion of microbiome-derived molecules in the host using Clostridium genetics. Guo CJ [..]  Spitzer MH, Fischbach MA. Science. 2019-12-13
 腸マイクロバイオームと宿主の相互作用の分子機構の解明が進みつつある。腸マイクロバイオームが生産する多数の分子の中にGPCRや核内ホルモン受容体に対するリガンドが見出され、そうした分子を介して腸マイクロバイオームが宿主の免疫応答や代謝に影響を及ぼすことが徐々に明らかにされつつある。
 Stanford University, UCSFなどの研究グループは今回、はじめに、これまで遺伝子操作が特に困難であった嫌気性フィルミクテス門のクロストリジウム綱バクテリアの遺伝子ノックアウトを、CRISPR-Cas9システムの2成分 (Cas9; gRNAとDSB修復用テンプレート) にて送達する条件を最適化することで実現した。
 こうして、変異株と野生型の対照実験を容易にし、腸マイクロバオームと宿主の相互作用を担う分子を、特定の菌株または代謝経路に帰属させる手法を実現した。嫌気性フィルミクテス門バクテリアは、腸マイクロバイオームの中でも多数の分子を生産することから、今回確立した手法は、マイクロバイオームに由来する分子の解析を大きく前進させる。また、この手法は、CRISPR-Cas9システムの個別最適化が必要にはなる可能性があるが、他の特定の微生物集団に由来する分子機能の解析へ展開できる。
  • ヒト腸内常在クロストリジウムのモデルとしてスポロゲネス菌 (Clostridium sporogenes)を選択し、CRISPR-Cas9により10種類の分子 (*)の生産のノックアウトを試み、対応する代謝産物が培養抽出物に存在しないことを、液体クロマトグラフィー/質量分析とガスクロマトグラフィー/質量分析により、確認した [(*)10種類の分子は、主としてあるいは選択的に腸マイクロバイームに見られる]。
  • 続いて、無菌マウスに、スポロゲネス菌の野生株、または、CRISPR-Cas9ノックアウトを介して特定の代謝産物を生産しなくなった5種類の変異株を、それぞれ定着させ、変異株を定着させたマウスにおいて、それぞれの変異株に特異的な代謝産物がマウスに見られず、他の代謝産物は見られることを、確認した。
  • さらに、分枝鎖短鎖脂肪酸 (short-chain fatty acids, SCFAs)を生産しないようにした変異株を定着させたマウスにはSCFAsが見られないことに加えて、免疫グロブリンA (IgA)を発現する形質細胞が、野生株定着マウスに比べて増加し、また、自然免疫系細胞の表面に結合するIgAのレベルも高まることを見出した。分岐鎖SCFAs (腸内バクテリアからのメッセージ)による宿主の免疫の制御は、これまで知られていなかった現象である。