[出典] COMMENTARY "A Genomic Perspective on the Origin and Emergence of SARS-CoV-2" Zhang YZ, Holmes EC. Cell 2020-03-26

 新型コロナウイルスのゲノム解析に当初から携わってきた復旦大学とシドニー大学の研究者がSARS-CoV-2の起源と発生について解説した。責任著者のEdward C. Holmesはウイルス進化学を専門とし、 "The proximal origin of SARS-CoV-2 (Nat Med 2020-03-17)" と "Identifying SARS-CoV-2 related coronaviruses in Malayan pangolins (Nature 2020-03-26)"などの新型コロナウイルス・ゲノム解析に関する論文の共著者である。この解説の内容は、これまでの論文の内容と重なっている [crisp_bio記事 "新型コロナウイルス・ゲノムにみられる際立った特徴とセンザンコウ由来CoVのデータから、人為説を否定" 参照]

新型ヒトコロナウイルス (SARS-CoV-2)の出現

 COVID-19の発生
  • SARS-CoV-2が引き起こす感染症COVID-19の発生は2019年12月下旬に初めて報告されたが、遡及調査の結果、12月1日まで遡ることができた。
  • SARS-CoV-2感染者は世界各国で日々増加していることから、ここでは具体的な数値はあげないが、無症状あるいは症状が軽い感染者は見逃されていることから、実際の感染者数は報告数より相当に多く、したがって、報告されている致命率 (case fatality rate: CFR)は実際よりも高く出ている。
  • 致命率はまた、地域、年齢層、時間的に変動しているように見えるが、どの要因がどのように致命率に影響を与えているかは、大規模な血清検査のデータが揃わないと、解析困難である。
  • その上でSARS-CoV-2感染の致命率について言えることは、季節性インフルエンザよりは高く、2002-2003年のSARSアウトブレイクと2015年以来主としてアラビア半島で続いているMERSアウトブレイクよりは低い、ということである。一方で、SARS-CoV-2は、SARS-CoVとMERS-CoVよりは感染力が強く、その頻度については不明であるが無症状または発症前の感染者からも感染が拡がる。
 COVID-16の拡がり
  • COVID-19発生早期から、野生動物の売買も行われている武漢華南海鮮卸売市場(いわゆるウエット・マーケットの一種)との関連が指摘されていた。確かに、SARS-CoV-2は疑いもなく動物由来であることから、この指摘は合理的である。また、マーケット由来の多数の"環境サンプル"のゲノムが、初期の武漢患者に由来するSARS-CoV-2ゲノムに極めて近縁であることが、系統解析から明らかになっている。
  • しかし、初期のCODIV-19が全てウエット・マーケット由来とは言い切れず、複雑な経路を経て感染が拡がってきた可能性があり、また、ウエット・マーケット内で、野生動物からヒトへと直接ジャンプしたか、市場関係者が無意識のうちに外部から持ち込んだのかも、ウエット・マーケット内の野生動物から直接サンプリングができなかったため、今となっては、特定はほとんど不可能である。
 SARS-CoV-2ゲノム解析のはじまり
  • 著者らは、2019年12月26日に武漢中央病院に収容された患者 (1名)のサンプルから、次世代メタ・トランスクリプトミック・シーケンシングによって、2020年1月5日に全ゲノム配列を決定し、SARS様ウイルス (Coronaviridae科)と密接に関連していることを明らかにし、さらにアノテーションを加えて同日にNCBI/GenBankに登録した (Wuhan-Hu-1株/MN908947)。その後、Virological Webサイト (http://virological.org/)、続いて、GISAID (https://www.gisaid.org/) Webサイトから公開された。
SARS-CoV-2と他のコロナウイルス (CoV)との比較
  • SARS-CoV-2はゲノム解析から、SARS-CoVを含むBetacoronavirus属のSarbecovirus亜属に属することが明らかになった。SARS-CoV-2とSARS-CoVのゲノムは塩基レベルで類似度~79%であったが、類似度は遺伝子ごとに大きく変動し、宿主細胞への感染に決定的な役割を果たすスパイク (S)タンパク質については~72%であった。
  • コウモリの一種であるRhinolophus affinis (馬蹄形の鼻を帯びたコウモリ)のCoV 'RaTG13'とSARS-CoV-2のゲノム類似度は~96%であるが、ウイルスの機能に影響を及ぼすと思われる領域には大きな違いが存在する。
  • その中で特記すべきは、SARS-CoV-2ゲノムには、Sタンパク質のS1サブユニットとS2サブユニットの境界に、フーリン切断配列 (PRRA)が挿入されていることである。この挿入は他のβCoVには見られず、HCoV-HKU1を含む他のヒトCoVおよび病原性が強い鳥インフルエンザウイルスに見られる。
  • 興味深いことにR. affinisとは異なるRhinolophusコウモリ由来のCoV (RmYN02)のS1/S2切断部位にアミノ酸配列PAAが挿入されていることが最近明らかにされた。RmYN02は、Sタンパク質から見るとSARS-CoV-2から遠縁であるが (類似度 ~72%)、レプリカーゼ遺伝子の類似度は高い (~97%)。
  • もう一つ特記すべきは、SARS-CoV-2とRaTG13の宿主細胞表面の受容体に結合するドメイン (receptor binding domain: RBD)の類似度は~85%に留まる一方で、SARS-CoV-2のRBDはSARS-CoVのRBDと同じくヒト細胞受容体ACE2への結合親和性が高いことである。
  • SARS-CoV-2はSARS-CoVとMERS-CoVはゲノム配列上では近縁であるが、感染の拡がり方が全く異なり、特にMERS-CoVのヒト・ヒト感染は極めて稀である。
SARS-CoV-2の起源
  • コウモリがRaTG13とRmYN02を含む広汎にわたるCoVのリザーバーであることには、疑う余地が無い。また、現時点では、ゲノム配列からみて、SARS-CoV-2に最も近縁のCoVは、武漢から1,500 km以上離れている雲南省で捕獲されたコウモリ由来である。一方で、湖北省のコウモリから分離されたCoVは比較的少数でSARS-CoV-2とは比較的遠縁である。また、今見ているコウモリCoVのゲノムは20年あまりの進化の結果であることから、サンプリングを拡大することで、SARS-CoV-2により近縁のコウモリCoVが発見される可能性が高い。さらにコウモリに限らず、他の動物種が帯びているCoVも含めて、RBDの特徴ならびにS1/S2の境界にフーリン切断配列が挿入されている特徴に注目した比較解析が望まれる。
  • コウモリはCoVsの宿主ではあるが、コウモリとヒトは生態学的に分離されていることから[*]、SARS-CoV-2は中間宿主(増幅宿主)において、ヒトへの効率的な感染能を獲得した可能性がある。SARSとMERSの場合は、それぞれ、ジャコウネコとラクダが中間宿主である。なお、MERSは数十年ラクダに存在していたが、真のリザーバー宿主は別の動物種と考えられる [* NHK BS世界のドキュメンタリー「見えざる病原体」(2020-03-28再放送)では、「コウモリの生活圏へのヒトの進出で、コウモリが餌を求めて畑の作物を狙ってくるようになった」としていた]
  • SARS-CoV-2の中間宿主の特定には、ウエット・マーケットで扱われている野生動物またはヒトの生活圏に近いところに生息している野生動物について幅広く解析することが、必要である。最近、広東省と広西省に南アジアから密輸入されたMalayan pangolins (センザンコウ)から分離されたCoVがSARS-CoV-2のRBDの特徴的な6種類の変異を共有していることが明らかになったことも、もっと多様なコウモリ、もっと多様な動物種、についてCoVを解析する意味を示している。
  • 著者らの経験から、ヒトに感染するSARS-CoV-2の発生には、リザーバ宿主と中間宿主の双方における変異が必要と判断するが、2019年12月に感染が認識される以前のヒト・ヒト感染の間に変異を獲得した可能性を否定できない。SARS-CoV-2の感染はかならずしもはっきりと独特の症状を示さず、また、肺炎の症状があっても新たなCoVとは認識されないまま、ヒト集団で拡散する過程で、ヒト感染への最適化が進行した可能性がある。しかし今後COVID-19の感染の拡がりを、血清学およびメタゲノムにより遡及解析したとしても、この「見えざる」初期段階を特定することはほとんど不可能と思われる。
  • これまで論じてきた宿主動物からヒトへと伝播する間の変異の蓄積に加えて、進化の過程での組換えについても論じる必要がある。Sタンパク質の領域を含むゲノム上のさまざまな領域で組換が起きたことが知られている。例えば、SARS-CoV-2, RaTG13およびセンザンコウCoVの間での組換えが起きたエビデンスが報告されている。また、RmYN02のゲノムが組換えを経た結果であるというエビデンスも報告されている。しかし、組換を祖先ウイルスまで遡及することは困難であり、これにもまた、広汎なCoVゲノムの解析が必要である。
ヒト集団内での伝播過程でのSARS-CoV-2の変異
  • RNAウイルスは高頻度で変異することが知られている。CoVの変異は、その3′-to-5′エクソリボヌクレアーゼによる校正機能により低頻度とされているが、複製が高頻度なことで、一定期間を経過した後の塩基置換の頻度は、他のRNAウイルスと同程度のように見える。この変異頻度が、アウトブレイクの間に、感染性と毒性を高めるあるいは弱めるという可能性は低いと思われるが、再興感染症を引き起こす可能性を帯びていることから、アウトブレイクの間の遺伝変異と表現型の変化を追跡する必要がある。しかし、パンデミックの状態で、全てのサンプルのゲノム解析は非現実的であり、サンプリングでの解析になることから、解析結果の解釈は注意深く行うことが肝要である。
  • いずれにしても、COVID-19の沈静化は、CoVの変異ではなく、ヒト集団の免疫力の向上と疫学的制御によってもたらされるであろう。
結語
  • 新興感染症の予防には、野生動物が帯びている病原体との接触をできる限り避けることが、最も確かで費用対効果比が高い策であるが、動物界とヒト世界の間を遮断することは不可能である。
  • しかし、野生動物の違法な貿易を厳しく取り締り、ウエットマーケットから野生の哺乳類動物と鳥類を排除することが、現実的で有効なバッファーとして機能するであろう。