[出典] "The CDK inhibitor CR8 acts as a molecular glue degrader that depletes cyclin K" Słabicki M, Kozicka Z, Petzold G [..] Thomä NH, Ebert BL. Nature 2020-06-03

背景:標的タンパク質のケミカルノックダウン

 低分子を介して、標的タンパク質 (以下、POI (protein of interest))を細胞内在のユビキチンプロテアソーム系に誘導して分解するケミカルノックダウンに基づく創薬が注目を集めている。PROTACs (proteolysis targeting chimeras)とdegronimidsSNIPER (Specific and Nongenetic IAP dependent Protein Eraser) などが提唱され、また、molecular glue degrader (標的タンパク質分解誘導分子)に基づく治療薬が実現している。
  • PROTACは、E3ユビキチンリガーゼ (以下, E3リガーゼ)の基質を認識するサブユニットであるvon Hippel-Lindau (VHL)やcelebron(CRBN)に結合する低分子と、POIのリガンドとをリンカーで結合したハイブリッド分子である。PROTACはこうして、POIにE3ユビキチンガーゼ複合体を近接させPOIをユビキチン化しユビキチンプロテアソーム系での分解へと誘導する。PROTACについては、提唱者である Yale Uの Craig M. Crewsらが設立したArvinas Incによる治験 (NCT04072952NCT03888612)が進行中である。
    [参考crisp_bio記事] 2019-04-10 PROTACs:アンドラッガブルなタンパク質には阻害よりも分解
  • Molecular glue degrader (以下、MGD)は、POIにE3リガーゼを接着・分解する分子を意味し、標的タンパク質分解誘導分子といった和訳がされている。MGDは、E3リガーゼのサブユニットに結合しその基質認識特異性を改変する分子を指していたが、ハイブリッド分子に基づくPROTAC, DegronimidやSNIPERも包含した概念になってきたように見える (crisp_bio 注 時系列からはPROTACの提唱がMGDに先行していた)MGDの典型が、免疫調節薬と呼ばれるサリドマイド (thalidmide)とその誘導体のレナリドミド (lenalidomide)  などである。
  • 今回のNature論文の責任著者B. L. Ebertらは、先行研究で、レナリドミドが、CUL4–RBX1–DDB1–CRBN (CRL4CRBN)を介してカゼインキナーゼ1A1 (CK1α) を分解するMGDとして機能し、骨髄異形成症候群 (del(5q)MDS・5q-症候群)治療薬として機能することを明らかにしていた [参考文献 "Lenalidomide Induces Ubiquitination and Degradation of CK1α in del(5q) MDS" Krönke J, Fink EC [..] Ebert BL.Nature 2015-07-01]
研究成果

 Broad InstituteのB. L. EbertとFriedrich Miescher Institute for Biomedical ResearchのN. H. Thomäが率いる研究グループは今回、MGDを体系的に発見する手法を樹立することを目指して、FDA承認薬を含むヒトに対する安全性が確認された6,000以上の低分子が蓄積されているBroad InstituteのDrug Repurposing Hub から出発した。すなわち、4,518種類の臨床および前臨床で評価された低分子 (薬剤)を対象として、578種類の癌細胞株について、薬剤感受性と499種類のE3リガーゼのサブユニットのMRNAレベルとの相関を解析した。
  • この解析で、CUL4ユビキチンリガーゼ複合体の基質認識タンパク質DCAF15の発現と、スルホンアミド抗がん剤indisulamの細胞毒性とが相関することが見えてきたが、これは、すでに明らかにされていたindisulamがMGDとして作用する機序と整合する結果であった。
  • また新たに、CUL4アダプタータンパク質DDB1のmRNAレベルと、CDK阻害剤の一種である(R)-CRの細胞毒性と相関することも見い出した。
     (R)-CRについては「CRISPR-Cas9によるDDB1の不活性化が癌細胞の(R)-CRに対する耐性をもたらすこと、プロテオームワイドの質量分析から(R)-CR8投与がサイクリン Kを特異的に低減すること、(R)-CR8がサイクリン KのmRNAのレベルには影響を与えない一方で(R)-CR8を介したサイクリン Kの分解がユビキチン・プロテアソーム系の因子の阻害によって修復されること」も併せて、(R)-CRは、CDK12のインタラクターであるサクリンKを標的とするMGDとして細胞毒性を発揮するとした。
  • この判断は、cullin-RINGリガーゼのDDB1を始めとする一連のサブユニットを対象とするCRISPR-Cas9による機能喪失実験からも裏付けられた。また、ゲノムワイドCRISPR-Cas9スクリーンから、CR8によるサイクリンKの分解には、サイクリンKのインタラクターであるCDK12が必須であることも発見した。
 研究グループは、CR8と構造が類似した他のCDK阻害剤がMGDとして機能しないことを同定し、また、CDK12-cyclinK-CR8-DDB1の複合体構造も解いて、CDK12に結合したCR8に特有な溶媒側へ突き出すピリジン環がCR8にDDB1への'接着'機能をもたらし、ひいては、CR8をMGDたらしめているとした。さらに、他のキナーゼ阻害剤についても表面を化学修飾することで、MGD化可能なことを示唆した。

 構造情報
  • 6TD3 : CDK12–cyclin K bound to CR8 and a truncated DDB1 (3.5 Å分解能)
    [注] 2020-06-08時点でAUTH (編集処理済、登録者の確認・同意待ち): 2020-06-17公開
  • 論文筆頭著者Mikołaj Słabickiのツイート参照