[出典] SARS-CoV-2 mRNA vaccine design enabled by prototype pathogen preparedness. Corbett KS, Edwards DK, Leist SR  […] Carfi A, Graham BS. (bioRxiv 2020-06-11Nature 2020-08-05. (Accelerated Article Preview)

"prototype pathogen preparedness"

 SARS-CoVやMERS-CoVに続いて、動物由来の新興ベータコロナウイルス属ウイルスによる感染症パンデミックの発生は、かねてより、想定されていた。NIAID/NIH, モデルナ (Moderna)社, University of North Carolina at Chapel Hillを主とする研究グループは、新興感染症パンデミックへの備え ("prototype pathogen preparedness")として、MERS-CoVをベータコロナウイルス属ウイルスのプロトタイプとして、ワクチン設計の戦略を練ってきた。

mRNAワクチンの選択

 新興ウイルスによるパンデミックを阻止するには、ウイルス抗原の構造情報に基づいた高精度な設計と共に大量生産を短期間で実現するプラットフォームが必要である。mRNAワクチンは、タンパク質ワクチンの作出が細胞株の樹立から始めて通常1年以上を要するところ、数週間で作出可能な特徴を備えている。この作出効率に加えて、mRNAワクチンは免疫原性が高く、また、ヘルパーT細胞のTh1細胞とTh2細胞がそれぞれ分泌するサイトカインを介した細胞性免疫と液性免疫を共に誘導する。

 研究グループがプロトタイプとして採用したmRNAは、MARS-CoVのスパイク (S)タンパク質の2ヵ所のアミノ酸をプロリン (P)に変換することで、宿主細胞膜に融合する前の状態 (prefusion) に安定化したMARS-CoV-S2PのmRNAである。このmRNAを脂質ナノ粒子 (LNP)で送達し、MERS-CoV S (野生型)に相当するmRNAよりも強い免疫原性を示すことを確認した。また、MERS CoV S-2P mRNA/LNPによる免疫を介して、シュードタイプウイルスに対する用量依存で強力な中和抗体を誘導し、モデルマウスを致死量のMERS-CoVから保護した。こうして、安定化したS-2Pタンパク質を発現するmRNAによるワクチンの概念実証実験に成功していた。

短期間での新型コロンナウイルスワクチン'
mRNA-1273'開発

 研究グループ (NIAID/NIHにUT Austinが加わったグループ)は、後にSARS-CoV-2と呼ばれることになる新奇なCoVの配列が1月10日に公表されてから24時間以内に、Sタンパク質の986と987のアミノ酸をプロリン (P)に置換し宿主細胞膜に融合する前のコンフォメーションに安定化したS-2Pを構築し、構造解析に着手した結果、クライオ電顕構造を配列公開から36日めの2月15日bioRxivに投稿するに至った [1]また、配列公開から5日の内に、野生型Sタンパク質と同じくS1サブユニットとS2サブユニットの境界にフーリン切断サイトを帯びたSARS-CoV-2 S-2Pを発現するmRNA/LNP (mRNA-1273)のGMP生産を開始し、並行して前臨床試験を開始した。こうして、配列公開から66日目の3月16日には第1相試験を、74日目の3月29日には第2相試験を開始するに至った。本論文では、マウスを対象とした前臨床試験の結果を報告する

mRNA-1273の前臨床試験の結果
  • 6週齢のBALB/cJ, C57BL/6J, およびB6C3F1/J (メス)に、0.01, 0.1,または 1μgのmRNA-1273を3週間をあけて2回筋肉注射したところ、全例について、Sタンパク質特異的抗体が用量依存性で誘導された。
  • 1 μgのmRNA-1273は、シュードタイプウイルスに対する強力な中和抗体を誘導した (ID50抗体価: マウス3系統においてそれぞれ819, 89および1115)。中和抗体の活性は、SARS-CoV-2 S (Wuhan-1株)を帯びたシードタイプウイルスに対しても、最近報告が相次いでいる感染性が高いSタンパク質D614G 変異体 [2] を帯びたシュードタイプウイルスに対しても同レベルであった。また、2回投与ではなく1回投与でも中和抗体が誘導されることをBALB/cJマウスで確認した。
  • 細胞性免疫 (Th1細胞)と液性免疫 (Th2細胞)の応答の中で、Th2への偏りが、VAERD(vaccine-associated enhanced respiratory disease/ワクチン関連増強呼吸器疾患)と相関することが、RSウイルスと麻疹ウイルスなどについて報告されていたことから、研究グループは、Th1とTh2の応答のバランスも検証した。Sタンパク質特異的IgG2a/cとIgG1をTh1とTh2の応答のサロゲートとする判定などを重ねて、Th1とTh2のバランスがとれていることを同定した。
  • 研究グループは、若年のBALB/cJマウスを、マウス感染能を付与した(MA)SARS-CoV-2 (受容体結合ドメインにQ498Y/P499T置換導入)に暴露し、予防効果を判定した。mRNA-1273の効果は用量依存であり、2回投与にて、0.01 μgと0.1 μgでそれぞれ、肺での増殖ウイルス量が~100分の1と~3分の1へと低減され、1 μgでは肺でのウイルス増殖が阻止された。また、1 μgまたは10 μgの1回投与であっても、肺でのウイルス増殖が阻止され、1 μgのmRNA-1273による効果は3ヶ月以上継続することも見出した。
  • なお、マウスに対するmRNA-1273 1 μgは、7月に参加者募集を開始した第3相試験 [3]でのヒトに対するmRNA-1273 100 μgに相当する。
[crisp_bio注]
 研究グループの"prototype pathogen preparedness"が、新型コロナウイルスの対するワクチン開発に奏効することを期待する。

[参考crisp_bio記事]
  1. 2020-02-16 新型コロナウイルスのスパイク糖タンパク質 (S)のクライオ電顕構造; Cryo-EM Structure of the 2019-nCoV Spike in the Prefusion Conformation. Wrapp D, Wang N [..] McLellan JS. bioRxiv 2020-02-15 > Science 2020-02-19
  2. 2020-o7-05 新型コロナウイルス: パンデミックの中でD614G変異型スパイク (S)タンパク質が優勢になる意味
  3. [20200728更新] 新型コロナウイルス, モデルナ (Moderna) のmRNAワクチン第3相試験へ
  4. 2020-08-06 新型コロナウイルス: モデルナのmRNAワクチン候補、霊長類モデルで効果示す