[出典] Converting Escherichia coli to a Synthetic Methylotroph Growing Solely on Methanol. Chen FYH, Jung HW, Tsuei CY, Liao JC. Cell 2020-08-10

 E. coli は糖と多炭素化合物を栄養源とするヘテロトロフ (従属/有機・栄養生物)であるが、微生物の中には、二酸化炭素を栄養源とするオートトロフ (独立/無機・栄養生物)や、メタンやメチルアミンなどC-C結合を持たない有機化合物を栄養源とするメチロトローフ(メチル栄養微生物)が存在する。近年、オートトロフとメチロトローフは、地球温暖化の原因とされる温室効果ガスを分解し、有用な物質へと変換する生物として注目を集め、高性能なオートトロフとメチロトローフの研究開発が拡がっている。

 イスラエルのワイツマン科学研究所は2019年に [*1]、ヘテロトロフであるE. coli を、二酸化炭素を唯一の栄養源とするオートトロフへと転換するに成功していた。台湾の中央研究院生物化學研究所は今回、メタノールを唯一の栄養源とするメチロトローフへと転換するに成功した。メタノールは、温室ガスのメタンや二酸化炭素から誘導される電子供与体であり、また、液状でありガス状よりも扱いやすく、産業上有用なバイオマス資源として期待されている。

 メチロトローフの中でも、メタンやメタノールのような炭素原子を一つ帯びたC1有機化合物を栄養源とする微生物はI型メチロトローフと呼ばれ、リブロース一リン酸 (RuMP)経路  (RMP経路)を介して、メタノールを資化する。RMP経路とヘテロトロフにおける典型的な糖代謝経路は、多くの酵素が共通であり、僅かに3種類の酵素を異にするだけである。そこで、RMP経路に特異的な3種類の酵素を過剰発現させる試みが行われ、ヘテロトロフにメタノール資化性をもたせることには成功し、
55時間後にOD600値が0.2に達した例も報告された [*2]。しかし、メタノールを単一の炭素源として高密度に増殖するメチロトローフ作出までには至らなかった。
[*2] Growth of E. coli on formate and methanol via the reductive glycine pathway. Kim S [..] Bar-Even A. Nat Chem Biol 2020-02-10
  • 台湾の研究グループは、CRISPR-Cas9技術を利用して、解糖系のペントースリン酸経路の遺伝子削除とメチロトローフ由来のRMP経路特有の3遺伝子導入により、E. coli をメタノール要求性 (methanol auxotrophy)へと変換することから始めた。
  • 続いて、メタノールにキシロースを加えた最小培地での研究室進化を介した変異誘導とEnsemble Modeling for Robust Analysis (EMRA) に基づく一連の鍵酵素の発現調節などを経て、ヘテロトロフのE. coli の代謝を、唯一の炭素源としてメタノールを効率的に利用するメチロトローフ型代謝へとリプログラミングし、樹立した株を合成メチロトローフ (Synthetic Methylotroph)に因んでE. coli SM1と命名した。
  • 開発過程で、ホルムアルデヒドを介したDNA-タンパク質架橋がE. coli のメチロトローフ化の最大の障害であることを認識し、E. coli SM1研究室内進化の過程で誘導された70 kbの反復配列のコピー増などによりその障害が取り除かれた結果である。
  • E. coli SM1は、倍加時間8.5時間/OD値 2、1.2 Mまでのメタノール寛容性と、天然のメチロトローフと同等の特性を示した。