2020-09-29 関連crisp_bio記事 #3 を追加 (フーリンによるSタンパク質切断後の宿主因子ニューロピリン結合)
2020-09-28 初稿

[出典] "Furin Inhibitors Block SARS-CoV-2 Spike Protein Cleavage to Suppress Virus Production and Cytopathic Effects" Cheng YW, Chao TL, Li CL [..] Chang SY, Yeh SH. Cell Rep 2020-09-23 (Journal Pre-proof). 

背景

 新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)ゲノムには、Sタンパク質のS1とS2のサブユニットの境界に、他のSARS関連コロナウイルスには見られないフーリン・プロテアーゼ の切断標的となるアミノ酸配列"RRAR"が挿入されている [1]。また、Sタンパク質がこの部位で
フーリンなどの細胞内在プロテアーゼによって効率的に開裂され、宿主細胞の範囲を広げ、また、感染能を高めることが示唆されていた [2]

成果

 国立台湾大学医学院と台大醫院に中央研究院生物醫學研究所の研究グループは今回、フーリン阻害剤がCOVID-19治療薬として有望なことを示した。
  • SARS-CoV-2のSタンパク質は、ヒト細胞表面のACE2受容体に結合後、宿主細胞のプロテアーゼと切断されることで、ヒト細胞に融合する (crisp_bio 2020-06-05)。
  • ウイルス研究のプラットフォームとして利用されているVeroにII型膜貫通型セリンプロテアーゼ (Transmembrane protease, serine 2: TMPRSS2 [crisp_bio 2020-03-17)を発現させたE6細胞にて、SARS-CoV-2のSタンパク質を発現させた上でフーリンにて切断したところ、ウイルス感染細胞の合胞体  (syncytium)形成が誘導された。
  • Sタンパク質の切断およびSタンパク質切断を介した合胞体形成は、フーリン阻害剤のデカノイル-ARG-VAL-LYS-ARG-クロロメチルケトン (decanoyl-RVKR-chloromethylketone: CMK)とナフトフルオレセイン (naphthofluorescein)によって抑止されたが、TMPRSS2阻害剤のカモスタット (camostat)では抑止されなかった。
  • CMKとナフトフルオレセインは、SARS-CoV-2感染細胞において、ウイルス増殖と細胞変性の抑制を介して、抗ウイルス効果を発揮した。
  • CMKとカモスタットは、S-RBD-ACE2の結合を阻害すること無く*、ウイルスの宿主細胞への侵入を阻害し、CMKは加えて、Sタンパク質の切断と合胞体形成を阻害した。
    [*] CMKとカモスタットは、ヒトACE2発現293T細胞において、Sタンパク質 (RBD)のACE2への結合を阻害しなかった。
  • ナフトフルオレセインは、CMKと異なり、主としてウイルスRNAの転写を抑制することで、抗ウイルス性を発揮していた。
[新型コロナウイルスのフーリン関連crisp_bio記事]
  1.  [20200311改訂] 新型コロナウイルスのスパイク糖タンパク質 (S)の構造、機能および抗原性 
     "SARS-CoV-2 Sは他のSARS関連CoVと異なり、S1/S2サブユニットの境界に4残基が加わっており、S1/S2サブユニットの境界にPaired basic Amino acid Cleaving Enzyme (PACE)としても知られているフーリンの切断部位が位置していた。"
  2. [20200509更新] 新型コロナウイルス・ゲノムにみられる際立った特徴とセンザンコウ由来CoVのデータから、人為説を否定
     "Sタンパク質のS1サブユニットとS2サブユニットの開裂部位に、他のCoVに対して、独特な塩基性の"RRAR"配列、フーリン開裂配列[Arg-X-X-Arg]配列、が存在し、カルシウム依存セリンエンドプロテアーゼであるフーリン (FURIN)などのヒト細胞内在プロテアーゼによって効率的に開裂され、ひいては、宿主細胞の範囲を広げまた宿主細胞への感染能を高めることが示唆された。"
  3. 2020-06-15 新型コロナウイルス感染に関与する新たな宿主因子ニューロピリン
     "フーリンの切断によって露出するSタンパク質S1ユニットのC末端配列Arg-Arg-Ala-Arg (RRAR)がヒト細胞表面に位置するニューロピリン1 (NRP1)に結合することで、SARS-CoV-Rの細胞への侵入が進行するモデルを提示"