発生生物学の目的は一細胞が多様な細胞型で形成される成体に至る過程を理解することである。一細胞RNA-seq (scRNA-seq) 技術の進歩によって個々の細胞の遺伝子発現プロファイリング、ひいては、プロファイルの類似性から細胞を分類することで、器官や組織を形成する細胞型を同定することが可能になった。しかし、各細胞の起源細胞の追跡、言い換えると、接合子から成体までの精密な細胞系譜の再構築、は未だ課題として残っている。奇しくも2018年3〜4月に、ゼブラフィッシュをモデルに、細胞バーコディング技術とscRNA-seqを融合して、細胞型と細胞系譜を統合的に解析する試みが相次いで報告された。

1.LINNAEUS (lineage tracing by nuclease-activated editing of ubiquitous sequences)
  • "Simultaneous lineage tracing and cell-type identification using CRISPR–Cas9-induced genetic scars" Spanjaard B, ~  Junker P. Nat Biotechnol 09 April 2018.
  • Jan Philipp Junkerらドイツの研究チームは今回、CRISPR-Cas9で誘導される'genetic scars'をもとにした細胞バーコーディングの一種LINNAEUS法を開発し、数千の細胞の細胞系譜の追跡とトランスクリプトームプロファイリング/細胞型の同定を可能にした。
  • ここで、genetic scarはCRISPR/Cas9が誘起するindelsを意味し、娘細胞へと伝達されていくことから、遺伝的傷をもとにして細胞系譜をたどることが可能になる。
  • 具体的には、ゼブラフィッシュ系統zebrabow Mの一細胞期胚に、zebrabow M内に16-32コピー組み込まれている赤色蛍光タンパク質 (RFP)遺伝子を標的とするCRISPR/Casシステムを注入し、RFPに発生するindelsを細胞バーコードとして利用する。
  • 発生の各段階で単細胞懸濁液を調整し、scRNA-seqとRFP転写物のターゲットシーケンシングを加え、各細胞の細胞型を同定し、コンピュータ解析で細胞系譜を再構築する。
  • 今回、LINNAEUS法によって、ゼブラフィッシュの幼虫、および、成体の心臓、肝臓、膵臓ならびに終脳、において多様な細胞型を同定するとともに細胞系譜の再構築/起源細胞の同定を実現し(原論文 Figure 1 参照)。
2.ScarTrace
  • "Whole-organism clone tracing using single-cell sequencing" Alemany A, Florescu M, Baron CS, Peterson-Maduro J, van Oudenaarden A. Nature. 2018 Apr 5;556(7699):108-112. Published online 2018 Mar 28.
  • Alexander van Oudenaardenらオランダの研究チームは、胚発生in vivo解析用に開発されたゼブラフィッシュ系統における8コピーのH2A.F/Z:GFP遺伝子にCRISPR/Cas9で誘起されるindelsを細胞バーコードとして利用するScarTrace法を開発し(原論文Figure 1 参照)、成体組織を形成する細胞の起源細胞と細胞型の同定を両立した。
  • ScarTraceによって、脳、腎臓、眼などの器官の前駆細胞を同定し、尾鰭の表皮細胞と間葉細胞が同一前駆細胞から発生し、骨芽細胞限定前駆細胞が再生時に間葉細胞を生成可能なことを見出した。ScarTraceは前駆細胞からの左眼または右眼の生成過程の解析も可能にする感度を有している。さらに、ヒレにおける免疫細胞が他の血液細胞の前駆細胞とは異なる特有の前駆細胞由来であることも見出した。
3.scGESTALT
  • "Simultaneous single-cell profiling of lineages and cell types in the vertebrate brain" Raj B, Wagner DE, McKenna A, Pandey S, Klein AM, Shendure J, Gagnon JA, Schier AF. Nat Biotechnol. 2018 Mar 28
  • 2016年にScience誌に発表された細胞バーコード編集によって細胞系譜を記録していくGESTALT法は、適用が発生初期に限定され、また、細胞型の同定機能を備えていない。ハーバード大学他のJames A Gagnonと Alexander F Schierらの研究チームは今回、GEATALT法にscRNA-seqを組合わせることで、同一細胞のバーコードシーケンスとトランスクリプトームを特定するscGESTALT法を開発した (原論文 Figure 1参照)。また、scGESTALT法では、ヒートショックで活性化可能なプロモーターを利用することで、Cas9とsgRNAの発現を誘導し発生初期以後の細胞系譜記録も可能にした。
  • この手法によって、幼若期のゼブラフィッシュの脳を対象として、〜60,000トランスクリプトームのシーケンシングによって100種類を超える細胞型とマーカ遺伝子を同定し、数百の分岐を有する細胞系譜樹を構築した。これによって、分化過程における細胞型、脳の領域および遺伝子発現カスケードの相関関係も明らかになった。
[参考] 細胞系譜追跡/細胞事象記録システム関連crisp_bio記事