Cas9編集細胞に癌化の可能性
[出典] "A serious new hurdle for CRISPR: Edited cells might cause cancer, find two studies" Begley S. STATS News 2018-06-11.
[出典] "A serious new hurdle for CRISPR: Edited cells might cause cancer, find two studies" Begley S. STATS News 2018-06-11.
- STAT NewsはNature Medicines 2018年6月11日号の掲載の2論文 (カロリンスカ論文; ノバルティス論文)を、「CRISPR臨床応用に対する新たなハードル:Cas9編集細胞に癌化の可能性」と題して取り上げた。また、マーケットも論文に反応してCRISPR技術関連スタートアップ企業の株価が下落した (CRISPR Therapeutics △15.30%; Editas △7%; Intellia △8%)。
- CRISPR-Cas9による二本鎖DNA切断 (DSB)が癌抑制遺伝子として知られるp53を活性化し、p53は、標的細胞におけるDSB修復を亢進させるか、または、標的細胞を細胞死へ誘導する。
前者の場合は、相同組換え修復過程 (HDR)を介した遺伝子修復が阻害され、後者では目的の編集が起きた細胞が失われ、結果的にいずれの場合も目的とするCRISPR編集細胞が得られない。
それと裏腹に、癌抑制遺伝子p53が欠損あるいは機能不全になっているが故にCRISPR-Cas9による目的とする編集が起こった細胞は、癌化リスクを帯びたまま増殖する。 - p53の問題は、正常な成熟細胞におけるNHEJ過程による遺伝子治療や、CRISPR技術によるT細胞免疫療法への影響は小さく、Base Editor (BE)を始めとするDSBを必要としないゲノム編集技術では、そもそも、DSBに起因するp53の問題に全く影響されない。 また、CRISPR-Cas9ゲノム編集を施した培養細胞や動物で癌化の報告がこれまでなかった事実もある(crisp_bio注:マーケットの過剰反応)。
カロリンスカ論文 (不死化ヒト網膜色素上皮正常細胞を対象とする実験)
- カロリンスカ・チームは2017年8月bioRxivに"Inhibition of p53 improves CRISPR/Cas-mediated precision genome editing"を投稿していたが、今回、推敲・改題の上、査読付きジャーナルNature Medicine論文"CRISPR–Cas9 genome editing induces a p53-mediated DNA damage response"に至った。
- crisp_bioでは、2017年8月27日に「p53を阻害するとCRISPR/Cas9のHDR効率が著しく向上する」と題して詳細を紹介した。
- カロリンスカ・チームは、bioRxiv投稿時にノバルティス論文を「本論文の実験完了後の7月26日にbioRxivに投稿された論文の結果と本論文の結果は整合し、CRISPR/Cas9ゲノム編集の臨床応用にあたりCas9によるp53活性化機構解明の必要性を裏付けている」と、引用している。
ノバルティス論文 (hESCsとhIPSCsを対象とする実験)
- ノバルティス・チームも2017年7月にbioRixivに"P53 toxicity is a hurdle to CRISPR/CAS9 screening and engineering in human pluripotent stem cells"を投稿していたが、今回、推敲・改題の上、査読付きジャーナルNature Medicine論文に至った。
- CRISPR/Cas9は癌細胞株やマウスES細胞を始めとするヒト細胞において有効なゲノム編集ツールとして確立されたが、ヒト多能性幹細胞 (hPSCs:hESCとhiPSCs)への展開には、編集効率が著しく低いことが課題になっていた。
- ノバルティス・チームは今回、ゲノム上の'safe harbor'であるAAVS1領域にドキシサイクリン (dox)で発現を誘導可能なCas9 (iCas9)をAAVにて導入した多能性幹細胞を確立し、CRISPR/Cas9によるゲノム編集を試みた。
- iCas9を導入したヒト胚性幹細胞株H1-iCas9に、16遺伝子を標的とする47 sgRNAsをレンチウイルスで送達し、8日間dox処理をし、NGSでindelsを測定したところ、indels発生率が90%を超していた。一方で、ほとんどのhPSCsは細胞死に至り、細胞数が激減し、細胞塊が増加していた。
- 次に、H1-iCas9に、hPSCsでは発現せず必須遺伝子でもない神経系遺伝子MAPTを標的とするsgRNAを送達し、10日間処理した結果、多能性に関与するタンパク質発現には影響を与えずMAPT発現が阻害された一方で、コロニーサイズが縮減した。オフターゲット編集は非検出であった。異なる細胞 (iPSC)、異なる標的遺伝子 (CALM2とEMX2)、異なるCasシステム(活性が一過性のCas-sgRNA;高性能なeCas9を組み込んだieCas9) でも同様の結果を得た。
- Dox発現誘導Cas9とShield-1不安定化ドメイン (DD)で標識しShield-1による発現調節を可能にしたddCas9を利用した大規模編集実験 (~2,600遺伝子;遺伝子あたり5 sgRNAs)でも、Cas9の活性化が細胞死を誘起することを再確認した。
- iCas9細胞のRNA-seqと発現差異解析 (Differential expression analysis: DEA)を行い、Cas9が誘起したDSBによって発現が亢進する遺伝子を多数同定し (多能性に関与するOCT4, NANOGおよびSOX2 mNRAsレベルは変化しなかった)、そのTOP100のうち25はプログラム細胞死に関与する遺伝子であった。
- また、in silicoインタラクトーム解析から、P53がTOP100のうち33遺伝子の発現亢進の鍵を握っていることが明らかになった。例えば、最も発現量の変化が大きかった細胞周期調節因子p21 (CDKN1A)はP53の標的でありゲノムDNA損傷応答 (DDR)に関与することが知られている。
- さらにH1-iCas9を対象として、野生型P53を帯びた細胞集団と、CRISPR/Cas9で3箇所にフレームシフトを発生させた変異型P53を帯びた細胞集団の双方について、MAPTを標的とするCas9の発現誘導と細胞死の相関を比較し、Cas9がP53を介して細胞死を誘導することを確認した。
- これまでhPSCsに対するCas9の毒性が注目されてこなかったのは、hPSCsへのCas9のトランスフェクション効率が極めて低くしたがってDSB生成確率も極めて低かったことが原因であったと考えられる。
参照記事および参考論文一覧
- STAT News:"A serious new hurdle for CRISPR: Edited cells might cause cancer, find two studies" Begley S. STATS News 2018-06-11.
- マーケット動向:"A troubling link has been found between a cutting-edge gene-editing technology and cancer — and it's sending biotech stocks tumbling" Hu Charlotte. Business Intelligence Trends 2018-06-11.
- カロリンスカ論文 (Nature Medicine 論文):"CRISPR–Cas9 genome editing induces a p53-mediated DNA damage response" Haapaniemi E, Botla S, Persson J, Schmierer B, Taipale J. Nat Med 2018 June 11; カロリンスカ論文 (先行 bioRxiv 投稿):“Inhibition of p53 improves CRISPR/Cas-mediated precision genome editing” Haapaniemi E, Botla SK, Persson J, Schmierer B, Taipale J. bioRxiv Posted August 25, 2017.
- カロリンスカ論文紹介crisp_bio記事:2017-08-27 p53を阻害するとCRISPR/Cas9のHDR効率が著しく向上する
- ノバルティス論文 (Nature Medicine 論文):"p53 inhibits CRISPR–Cas9 engineering in human pluripotent stem cells" Ihry RJ [..] Kaykas A. Nat Med 2018 June 11; ノバルティス論文 (先行bioRxiv 投稿):"P53 toxicity is a hurdle to CRISPR/CAS9 screening and engineering in human pluripotent stem cells" Ihry RJ [..] Kaykas A. bioRxiv Posted July 26, 2017; "p53 inhibits CRISPR-Cas9 engineering in human pluripotent stem cells" Nat Med. 2018 Jul;24(7):939-946. Online 2018-06-11.
CRISPR技術の臨床応用に一時的に疑問をもたらした研究発表と顛末
- 【大量のオフターゲット編集発生の問題】2018-03-28「マウスにおける大量のCRISPR-Cas9オフターゲット編集発生」論文を巡る論争結着
- 【Cas9に対するヒトの免疫応答の問題】CRISPRメモ_2018/01/07 - 2. ヒトはSpCas9とSaCas9に対する抗体を帯びている;CRISPRメモ_2018/03/08 - 5.[NEWS]bioRxiv投稿論文がもたらしたCIRPR関連会社の株暴落とその後;CRISPRメモ_2018/04/06 - 1. ヒト細胞はSpCas9に対して特異的なエフェクターT細胞と制御性T細胞を生成する
- 【Cas9に対するヒト免疫応答関連crisp_bio記事】CRISPRメモ_2018/04/06 - 1. ヒト細胞はSpCas9に対して特異的なエフェクターT細胞と制御性T細胞を生成する;"High prevalence of S. pyogenes Cas9-specific T cell sensitization within the adult human population - A balanced effector/regulatory T cell response" Wagner DL, Amani L,Wendering DJ, Reinke P, Volk HD, Schmueck-Henneresse M (Charité University Medicine Berlin). bioRxiv Posted. April 4, 2018.
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