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[出典] Structural basis for the recognition of the 2019-nCoV by human ACE2. Yan R, Zhang Y, Guo Y, Zhou Q. bioRxiv 2020-02-20. [投稿には、構造情報のEMDBとPDBへの登録IDが記載されてない: 2020-02-21時点]

 2019年のコロナウイルス疾患を引き起こす新型コロナウイルス (COVID-19)も、SARS-CoVのような他のコロナウイルスと同様に、表面のスパイク糖タンパク質 (Sタンパク質)の受容体結合ドメイン (receptor binding domain, RBD)を介してアンジオテンシン変換酵素2 (ACE2)に結合するとされている。ACE2に結合する前のCOVID-19 Sタンパク質のクライオ電顕構造は、2020年2月19日にScience誌から発表されたが [1]、2月20日になって、ACE2とCOVID19の複合体構造がbioRxivに投稿された。

 西湖高等研究院と西湖大学の研究グループは、ACE2とアミノ酸トランスポーターB0AT1(SLC6A19)全長との複合体の構造をクライオ電顕法により2.9 Å分解能で再構成し、構造モデリングに基づいてACE2-B0AT1複合体が2つのSタンパク質に結合可能とする論文を、2月18日に、bioRxivに投稿していた[2]。2月20日、研究グループは"RBD (COVID-19) + ACE2 + B0AT1" の複合体構造をクライオ電顕法により2.9 Å分解能で再構成し、局所的分解能3.5 ÅのACE2-RBDの界面領域の構造に基づいて、ACE2とRBDの相互作用を論じ、bioRxivに投稿した。

 COVID-19は、SARS-CoVと同様に、極性アミノ酸残基を介してACE2の細胞外ペプチド・ドメインによって認識されることに加えて、Science論文 [1]が示した「ACE2に対するCOVID-19のRBDの結合親和性が、SARS-CoVのRBDよりも高い」ことを説明可能なアミノ酸の相違を同定した。

[補足]
  • これまで知られていたコロナウイルスの表面スパイク糖タンパク質 (Sタンパク質)は、1200アミノ酸を超えるモノマーからなるホモ三量体として存在する。
  • SARS-CoVの場合は、ウイルス成熟の間に、ホモ三量体が2つのサブユニット (S1とS2)に分裂し、S1上の受容体結合ドメイン (RBD)がACE2に結合し、このS1結合時に、S2サブユニットが開裂サイトを露出するコンフォメーションに変化し、S2サブユニットがヒト細胞のプロテアーゼに切断されることで、ヒト細胞へと感染していく。
[引用記事と引用論文]
  1. crisp_bio 2020-02-16 [2020-02-21改訂] 新型コロナウイルス (COVID-19)のスパイク糖タンパク質のクライオ電顕構造
  2. Structure of dimeric full-length human ACE2 incomplex with B0AT1. Yan R, Zhang Y, Li Y, Xia L, Zhou Q. bioRxiv 202-02-18.

[改訂履歴] 2020-02-21 浙江省西湖の研究グループによるbioRxiv投稿「ヒト細胞受容体ACE2との複合体のクライオ電顕構造」へのリンク追加;2020-02-20 発生源に関する声明, WHOによる論文リストなどへのリンクを追加; Science論文へのリンクを追加;2020-02-18 [インフルエンザ関連データの国際共有WEBサイトが配列に基づくCOVID-19系統樹を提供]を追記;2020-02-17 [X線結晶構造解析によるCOVID-19の構造情報] 追記2020-02-16 16:15 初回投稿

[出典] Cryo-EM Structure of the 2019-nCoV Spike in the Prefusion Conformation. Wrapp D, Wang N [..] McLellan JS. bioRxiv 2020-02-15 > Science 2020-02-19; [構造情報] EMD-21375 2019-nCoV S 1 Receptor Binding Domain (RBD) "up" (3.46 Å); EMD-21374 2019-nCoV spike (S) C3 symmetry (3.17 Å); PDB 6VSB (2020-02-10登録、02-20時点で公開待ち) 
[注] クライオ電顕構造に関する以下のテキストはbioRixv投稿に準拠

 COVID-19と命名された新型コロナウイルス(旧名 2019-nCov, SARS-CoV-2など)のゲノム配列は1月早々に決定された。2020年1月5日に国際塩基配列データベースにサブミッションされ、2020年2月11日に公開され [MN908947*]、その後、各地で分離されたCOVID -19のゲノム配列の公開が続いている[* NCBI GenBankからの該当レコードの画面キャプチャの一部を以下に引用]。
GenBank
 1月に決定されたゲノム配列は、ほぼ同時に、各国の研究グループの間で共有されていたようである。それから1ヶ月ほどで、COVID-19に対するワクチン、抗体医薬および診断の標的となるヒト細胞に食い込むCOVID-19のスパイク (S)糖タンパク質 (以下、Sタンパク質)の構造を、UTEXASとNIAID/NIHの研究グループが、クライオ電顕法により原子分解能で決定し、2月15日にオープンジャーナルbioRxivに投稿した (2月19日にScience誌から公開)[Figure 1とSupplementary Figure 4引用下図参照]。Fig. 1.
 研究グループは、ヒト細胞膜受容体に結合する前のSタンパク質三量体の構造を再構成し、三量体それぞれが帯びている3つの受容体結合ドメイン (receptor-binding domains, RBDs)のうち1つが、受容体がアクセス可能なコンフォメーション*へと上に回転することを見出した [* 受容体がアクセス可能なコンフォメーションを"up"と、受容体がアクセス不可能なコンフォメーションを"down"と呼んだ]。

 研究グループはまた、COVID-19が、ヒト細胞膜上の受容体アンジオテンシン変換酵素2 (ACE2)に結合し、加えて、SARS-CoVのSタンパク質よりも強く結合するエビデンスを、負染色電子顕微鏡と生物物理学的解析とから見出した。さらに、これまでに報告されてきたSARS-CoV RBDに特異的なモノクローナル抗体3種類について、COVID-19には結合しないことを見出した [Figure 4引用下図参照]Fig. 4
 浙江省西湖の研究グループによるヒト細胞受容体ACE2との複合体のクライオ電顕構造
  • Structural basis for the recognition of the 2019-nCoV by human ACE2. Yan R, Zhang Y, Guo Y, Zhou Q (西湖高等研究院; 西湖大学) bioRxiv 2020-02-20.
  • crisp_bio 2020-02-21 新型コロナウイルス (COVID-19)のスパイク糖タンパク質とヒト受容体の複合体クライオ電顕構造
[X線結晶構造解析によるCOVID-19の構造情報]
 PDB ID 6LU7 The crystal structure of 2019-nCoV main protease in complex with an inhibitor N3 (2.16 Å): 著者 Liu X, Zhang B, Jin Z, Yang H, Rao Z; 登録日 2020-01-26; 公開日 2020-02-05; 更新日 2020-02-12 (PDBから公開された構造図を以下に引用); 論文未発表 (2020-02-20時点); PDB/PDBjのMolecular of Month / 今月の分子 に解説記事あり [2020-02-19 crisp_bioに全文掲載]
6LU7
[その他の構造関係情報]
  • 2000年代に発見されていたコロナウイルスNL63の構造解析: crisp_bio 2017-05-03 コロナウイルスのスパイクタンパク質のクライオ電顕解析
  • SARS-CoV Sタンパク質の構造 (X線結晶構造解析 2.9 Å) 2AJF Structure of SARS coronavirus spike receptor-binding domain complexed with its receptor.
  • 構造から見たコロナウイルス・プロテアーゼの解説 (crisp_bio 2020-02-19 RCSB PDB/PDBj「今月の分子」から転載)
[インフルエンザ関連データの国際共有WEBサイトが配列に基づくCOVID-19系統樹を提供]
 中国のCDCがインフルエンザ配列データを国際的に共有するシステムであるGISAID (Global Initiative on Sharing All Influenza Data) が、配列に基づく系統樹を随時更新している。
 2月10日に対話型の系統樹上で日本由来のサンプルの枝をクリックし画面キャプチャした系統樹 (左下図参照)では、華南海鮮市場で収集された環境由来サンプルのゲノム (図の中の青色の枝)と武漢からの初期の感染ヒトサンプルのゲノムがクラスターを形成することを見て取れる。2月18日の画面キャプチャを右下図に引用した。
Cluster 2020-02-18 9
[配列関係情報]
[発生源は野生動物]
  • [声明] Statement in support of the scientists, public health professionals,and medical professionals of China combatting COVID-19. THE LANCET 2020-02-19
  • 著者: Charles Calisher, Dennis Carroll, Rita Colwell, Ronald B Corley, Peter Daszak, Christian Drosten, Luis Enjuanes, Jeremy Farrar, Hume Field, Josie Golding, Alexander Gorbalenya, Bart Haagmans, James M Hughes, William B Karesh, Gerald T Keusch, Sai Kit Lam, Juan Lubroth, John S Mackenzie, Larry Madoff, Jonna Mazet, Peter Palese, Stanley Perlman, Leo Poon, Bernard Roizman, Linda Saif, Kanta Subbarao, Mike Turner)
[COVID-19関連論文データベース - WHO]
[CRISPR技術に基づく検出システムの開発]

  • crisp_bio 2020-02-15 SHERLOCK、新型コロナウイルス (COVID-19)検出プロトコルを公開 (SHERLOCKCRISPR技術に基づく超高感度核酸検出ツール)
  • crisp_bio 2020-02-19 DETECTR、新型コロナウイルス (COVID-19)検出プロトコルversion 2公開

# 2020-02-19 初回投稿
[2020-02-19 
crisp_bio注] 本記事は、RCSB PDBのDavid S. Goodsell氏とPDBj国際的な運営高度化グループの工藤高裕氏のご了解のもとに、PDBj入門:PDBjの生体高分子学習ポータルサイトから、「今月の分子」の242: コロナウイルスプロテーアーゼ (Coronavirus Protease)の項の画像を含む全文を転載したものです。本稿のテキストと画像の再利用につきましては、PDBjのWebサイト上の利用規約のページにあります「お問い合わせフォーム」からPDBjにご相談下さい;「今月の分子」は、X線結晶構造解析で解かれたPDBエントリー6lu7に基づいているが、bioRxiv投稿では別のグループによるクライオ電顕法による三量体の構造が報告されている (crisp_bio 2020-02-19参照)。

日本語訳 (c)Takahiro Kudou and PDBj (英語原文 (c)David S. Goodsell and RCSB PDB)
画像 CC-BY-4.0ライセンス (c)David S. Goodsell and RCSB PDB

242: コロナウイルスプロテアーゼ(Coronavirus Proteases)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

2019新型コロナウイルスの主要プロテアーゼ。結合している阻害剤は水色で示す。
2019新型コロナウイルスの主要プロテアーゼ。結合している阻害剤は水色で示す。

素早く簡単に旅行ができるこの世界において、ウイルスの出現は世界の健康にとってますます大きな脅威となっている。コロナウイルス(coronavirus)はよく知られた例の一つである。特に自然動物の宿主より病原性のものが出ることが人間社会に脅威をもたらしている。2003年、中国でコウモリの群れから現れたSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome、重症急性呼吸器症候群)ウイルスはジャコウネコに移り、最終的にはヒトに感染した。その10年後、MERS(Middle East Respiratory Syndrome、中東呼吸器症候群)も同じようにコウモリから出現し、中東でヒトコブラクダへ、そしてヒトへと感染していった。最近、別のコロナウイルスが海鮮市場の動物から出現した。私たちがこの危険な敵を理解する上で構造生物学は助けとなるだろう。またうまくいけばこれらと戦う新たな方法を開発するのにも構造生物学は役立つだろう。

コロナウイルスの遺伝子コード

コロナウイルスは、長いRNA鎖でできたゲノムを持ち、そのゲノムサイズはRNAウイルスの中では最大級である。細胞に感染すると、このゲノムは伝令RNA(messenger RNA)のように働き、2つの長いポリプロテイン(polyprotein)を合成するよう指示する。このポリプロテインには、ウイルスが新たなウイルスを複製するのに必要なしくみが含まれている。詳しく言うとこの中には、さらなるRNAをつくる複製/転写複合体、新たなウイルス粒子を構築する構造タンパク質、そして2つのプロテアーゼ(protease、タンパク質分解酵素)がある。プロテアーゼはポリプロテインを切断し、これらすべての機能断片をつくり出すのに不可欠な役割を果たす。

主要プロテアーゼ

コロナウイルスの主要プロテアーゼ(main protease)はこれら切断反応のほとんどを行っている。ここに示す構造(PDBエントリー6lu7)は、中国の武漢で危機が広まっている2019新型コロナウイルス(2019-nCoV)から得られたものである。これは同じサブユニットが2つ集まり2つの活性部位をつくっている2量体である。このタンパク質の折りたたみ様式はトリプシン(trypsin)のようなセリンプロテアーゼと似ているが、アミノ酸のシステインとその近くにあるヒスチジンがタンパク質切断反応を行い、別のドメインがこの2量体を安定化させている。この構造では活性部位にペプチド様の阻害剤が結合している。

SARSのプロテアーゼ

SARSの主要プロテアーゼ(上)とパパイン様プロテアーゼ(下)。結合している阻害剤は水色で示す。
SARSの主要プロテアーゼ(上)とパパイン様プロテアーゼ(下)。結合している阻害剤は水色で示す。

SARS由来のプロテアーゼを2つここに示す。主要プロテアーゼ(main protease、PDBエントリー1q2w)は武漢で発生したものと似ていて、ポリプロテインを11箇所で切断する。パパイン様プロテアーゼ(papain-like protease、PDBエントリー4ow0)サブユニット1つでできている酵素で、反応にはシステインも使う。これはSARSポリプロテインを特定の3箇所で切断する他、感染先細胞の中でもいくつかのタンパク質を切断する。後者には、ユビキチン化されたタンパク質からユビキチン(ubiquitin)を除去する作用が含まれる。この脱ユビキチン化の結果、自然免疫系でインターフェロン(interferon)をつくる働きが妨げられ、ウイルスに対抗する私たちの防衛システムの一部が回避される。

構造をみる

阻害剤が結合したコウモリのコロナウイルス主要プロテアーゼ

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この構造を利用し、このプロテアーゼの働きを阻害し抗ウイルス薬として使える化合物を探す研究が積極的に進められている。その際、コロナウイルスにさまざまな種類のあることが事を難しくしている。コロナウイルスは4つの属に分類されていて、これらの配列と構造は大きく異なることが研究の結果分かっている。そのため、ある一つのタイプに効く薬は他のタイプには効かないものとなるだろう。この問題を解決に導く可能性のある一つの方法は、祖先となるコウモリのコロナウイルスに効くことを目指した広い対象に効く阻害剤を設計することである。ここに示す構造(PDBエントリー4yoi)はその一例で、新たに出現するウイルスに対する阻害剤を見つけるためのきっかけとなるかもしれない。図には活性部位にあるシステインとヒスチジン、そしてこれらと結合する阻害剤(水色の部分)を示している。この構造をより詳しくみるため、図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 珍しい8量体の主要プロテアーゼはこのタンパク質を最終的な機能する形にするのに関係しています。その様子をPDBエントリー3iwmで見ることができます。
  2. RCSB PDBのStructure AlignツールやPDBjのASHウェブサービスを使ってコロナウイルス主要プロテアーゼとセリンプロテアーゼの構造を比較することができます。比較する際、酵素全体が1本の鎖になっているトリプシノーゲン(trypsinogen、PDBエントリー1tgs)を使ってみてください。

参考文献

  1. Cui, J., Li, F., Shi, Z.L. 2019 Origin and evolution of pathogenic coronaviruses. Nat. Rev. Microbiol. 17181-192 
  2. 4yoiSt John, S.E., Tomar, S., Stauffer, S.R., Mesecar, A.D. 2015 Targeting zoonotic viruses: Structure-based inhibition of the 3C-like protease from bat coronavirus HKU4-The likely reservoir host to the human coronavirus that causes Middle East Respiratory Syndrome (MERS). Bioorg.Med.Chem. 236036-6048 
  3. 4ow0Baez-Santos, Y.M., Barraza, S.J., Wilson, M.W., Agius, M.P., Mielech, A.M., Davis, N.M., Baker, S.C., Larsen, S.D., Mesecar, A.D. 2014 X-ray Structural and Biological Evaluation of a Series of Potent and Highly Selective Inhibitors of Human Coronavirus Papain-like Proteases. J.Med.Chem. 572393-2412 
  4. Hilgenfeld, R. 2014 From SARS to MERS: crystallographic studies on coronaviral proteases enable antiviral drug design. FEBS J. 2814085-4096 
  5. 1q2wPollack, A. 2003 Company says it mapped part of SARS virus. New York Times July 30, section Cpage 2 

[出典] The clinical KRAS(G12C) inhibitor AMG 510 drives anti-tumour immunity. Canon J, Rex K, Saiki AY [..] Lipford JR. Nature. 2019-10-30; [構造情報] 6OIM X-ray co-crystal structure of KRAS(G12C/C51S/C80L/C118S) bound to GDP and AMG 510 at a resolution of 1.65 Å; [NEWS AND VIEWS] Small molecule combats cancer-causing KRAS protein at last. Herbst RS, Schlessinger J. Nature. 2019-11-08; [crisp_bio注] 2019-11-15 15:10 マウスでの実験結果など追記

 KRAS変異は多くの癌に見られる。KRASはGDPが結合している状態では不活性であり、GDPに替えてGTPが結合するとRafをはじめとする下流のシグナル伝達を活性化し、GTPの分解と共に、不活性な状態に戻っていく。G12Cのような変異を帯びたKRAS [以下、KRAS (G12C)]は、下流シグナル伝達を恒常的に活性化するようになる。この、がん原遺伝子として機能するようになる過程が、KRAS変異を帯びた癌の治療標的となる。

 
Amgenを主とする研究グループは今回、「AMG 510はKRAS (G12C)を帯びた腫瘍細胞において、GDPからGTPへの交換をこれまでになく強力に阻害し、加えて、KRAS下流のエフェクターERKのリン酸化も強力に阻害し、単独療法とともに併用療法にも有望」とする論文を、Nature誌に発表した。

経緯
  • Amgenは、GDPが結合した不活性なKRAS(G12C)タンパク質のヒスチジン95 (H95)に'cryptic groove' [1] を発見し、低分子スクリーニングと結晶構造に基づいた設計を継続し、一連のH95グルーブ結合タンパク質の最適化を経て最も有望であった低分子、AMG 510、について、2018年に第1/2相試験 [2] を開始した。
  • その後、2019年6月3日にアメリカ臨床腫瘍学会 (2019 ASCO annual meeting, シカゴ)にて [3]、続いて、2019年9月8日に世界肺がん学会議 (2019 World Conference on Lung Cancer (WCLC), バルセロナ)にて [4]、KRAS(G12C)変異を帯びた主として非小細胞肺癌 (NSCLC)患者を対象とした第1相試験から、治験初期段階でのAMG 510の安全性と効用を発表してきた。WCLCでは、FDAからKRAS(G12C)変異を帯びた転移性NSCLC患者を対象とするファストトラック指定を受けたとも発表された。
  • 次いで、2019年10月30日にNature誌から"KRAS(G12C)阻害治験薬AMG 510は抗腫瘍免疫をドライブする"と題して、安全性ならびに単独療法と併用療養の効用、およびその構造基盤を報告した [5]
Nature論文の概要 - AMG 510の特徴
  • KRAS変異の中でKRAS (G12C)は、肺腺癌の13%、大腸癌の3%、その他の固形腫瘍の2%に見られる。この変異のシステインは、GDPが結合した不活性型のKRASに存在するポケット (P2)に隣接する。このため、このシステインに共有結合する低分子が探索されARS-1620 [6] が同定されるに至ったが、前臨床試験に止まっており、AMG 510は、KRASに特有な変異を標的とするKRAS阻害剤として初めて、ヒトを対象とする臨床試験に到達した。
  • AMG 510とARS-1620の構造はほぼ重なるが (Nature論文 Extended Data Fig. 1 参照)ヌクレオチド交換アッセイでアッセイでAMG 510はARS-1620の~10倍の活性を示し、これは、下図のそれぞれが結合したKRAS (G12C)の結晶構造の比較に見られるように、低分子とH95グルーブの位置関係/相互作用の差異に由来する。KRAS (G12C)

追記 -1 (2019-11-15 16:00:主として、NEWS & VIEWSに準拠) 
  • マウスモデル (患者由来KRAS(G12C)細胞移植マウス)での実験結果(1): 体重1kg当たりAMG 510 100mg/kg投与により腫瘍が一旦縮減するが再増殖した;用量200 mg/kgで10匹のうち8匹で観察期間中腫瘍縮減が継続した;システインへのAMG 510結合により細胞死が誘導されることから、システインを帯びたKRAS(G12C)以外のタンパク質への結合の査定が必要
  • マウスモデルでの実験結果(2): 200 mg/kgは免疫システムが機能しているマウスでのみ奏功し、T細胞を欠損しているマウスには奏功しないかった;しかし、抗PD-1抗体を併用すると用量100 mg/kgで10匹のうち9匹で腫瘍が消失した (complete tumour regression)。
  • マウスモデルでの実験結果(3): AMG 510は、腫瘍におけるケモカインの発現ならびにT細胞と樹状細胞の浸潤を亢進した;併用療法で腫瘍が消失したマウスに移植したKRAS(G12C)細胞は、腫瘍細胞は増殖せず、併用療法が、KRAS (G12C)腫瘍細胞に対する長期間のT細胞応答を確立することが示唆された。
  • マウスモデルでの実験結果(4): AMG 510は、標準的な化学療法またはKRAS下流に位置のMEKを阻害する低分子との併用によっても、効用を強めた。
  • KRAS (G12C)を帯びたNSCLC患者4名にAMG 510を処方し、2名で腫瘍増殖が止まり、他の2名にそれぞれ34%と67%の腫瘍縮減が見られた。
  • NEWS & VIEWSでは関心事として、AMG 510がKRAS (G12C)の第一選択治療薬足り得るか?、KRAS変異癌から転移した脳腫瘍にも有効か?、最適な用量と毒性 [*]は?、MRTX849などの他のKRAS (G12C)阻害剤との比較、をあげた上で、本研究を高く評価した  ([*] WCLCでの報告では、34名のコホートで7名にグレード1-3の副作用が見られ、27名について投与を継続中とされていた]
追記 - 2 (2020-01-22に関連crisp_bio記事へのリンクを追加)
参考文献
  1. Cryptic binding sites on proteins: definition, detection, and druggability. Vajda S, Beglov D, Wakefield AE, Egbert M, Whitty A. Curr Opin Chem Biol. 2018 Jun;44:1-8. Online 2018-05-23
  2. NCT03600883: A Phase 1/2, Study Evaluating the Safety, Tolerability, PK, and Efficacy of AMG 510 in Subjects With Solid Tumors With a Specific KRAS Mutation.
  3. [NEWS RELEASE] Amgen Announces First Clinical Data Evaluating Novel Investigational KRASG12C Inhibitor AMG 510 At ASCO 2019. Amgen 2019-06-03.
  4. [NEWS RELEASE] Amgen Announces New Clinical Data Evaluating Novel Investigational KRAS(G12C) Inhibitor In Larger Patient Group At WCLC 2019. Amgen. 2019-09-08
  5. [NEWS RELEASE] The Discovery Of Amgen's Novel Investigational KRAS(G12C) Inhibitor AMG 510 Published In Nature. AMGEN/Multiview 2019-10-30
  6. Targeting KRAS Mutant Cancers with a Covalent G12C-Specific Inhibitor. Janes MR, Zhang J, Li LS [..] Liu Y. Cell. 2018-01-25
  7. The KRASG12C Inhibitor, MRTX849, Provides Insight Toward Therapeutic Susceptibility of KRAS Mutant Cancers in Mouse Models and Patients. Cancer Discovery. 2019-10-28

1. 深層学習によりsgRNAのバクテリアにおけるオンターゲット活性を予測する - 真核生物版も
[出典] Prediction of sgRNA on-target activity in bacteria by deep learning. Wang L, Zhang J. BMC Bioinformatics. 2019-10-24.
  • これまでに深層学習によるCRISPRシステムのオンターゲット活性モデル構築が試みられてきたが、北京理工大学の研究チームは今回、ヒト細胞に替えて、深層学習により微生物ゲノムを対象とするsgRNAのオンターゲット活性モデルを構築した。
  • 具体的には、 E. coliにおいて、~70,000 sgRNAライブラリーを利用して、Cas9、eSpCas9およびrecAコーディング領域を欠失したCas9 (ΔrecA)によるオンターゲット活性を測定した2種類のデータセット (Set 1とSet 2; Table 1引用左下図参照)に基づいて、5層の畳み込みニューラルネットワークによるモデル (以下、CNN_5layers)構築と評価を行い、既報のモデルを凌ぐ結果となった (Table 2引用右下図参照)。
 2019-10-29 T1 2019-10-29 T2
  • 次に、 Haeusslerら (Genome Biol., 2016) がまとめた真核生物ゲノムを対象とするデータセットをもとに真核生物版CNN_5laysersモデルも構築し、DeepCRISPR, CeepCas9およびTSAMと性能を比較し、11種類のデータセットのうち9種類について他を凌ぐ結果となった。
  • さらに、原核生物と真核生物の差異をもたらす特性パラメータ、オフターゲット効果およびsgRNAシーケンスの特徴も考慮に入れることで、オンターゲット活性の予測精度が向上することも示した。
[深層学習関連crisp_bio記事]
2. ショウジョウバエの染色体再編成を、CRISPR/Cas9と一対のsgRNAsにより実現
[出典] A method to estimate the frequency of chromosomal rearrangements induced by CRISPR/Cas9 multiplexing in Drosophila. Ng WA, Reed BH. bioRxiv. 2019-10-22
  • CRISPR/Cas9は、ショウジョウバエを含むモデル生物の遺伝子ノックアウトと遺伝子置換に広く利用されている。また、モデル生物の中で、マウス、酵母、線虫、およびゼブラフィッシュでは、CRISPR/Cas9によって部位特異的に転座や逆位といった部位特異的な染色体再編成が実現されていた。
  • ショウジョウバエの部位特異的な染色体再編成にはこれまで、Flp/FRTシステムを介した組換えが利用されてきた。この技術はDrosDel欠失系統のコレクションの作出にも利用されているが、トランスポゾンP因子によるFRTの挿入がランダムに発生することから、染色体の再編成や欠失を設計するにあたり、予めゲノムの構造や挿入の向きを知っておく必要がある。
  • University of Waterlooの研究チームは今回、self-selectingスクリーニング系を構築することでCas9と一対のsgRNAsにより、ショウジョウバエの部位特異的な染色体再編成が可能なことを、初めて示した。
  • 評価に必要なスクリーニング系を、autosynaptic formとして知られている常染色体性 (autosomal)挟動原体逆位(pericentric inversion)を帯びたショウジョウバエ系統を利用して構築した。このautosynapticのオスと野生型のメスの子孫は、挟動原体逆位の染色体乗り換へにより重複染色体が生成され異数性が過剰になり、致死となる。
  • このスクリーニング系に基づいて、野生型メスにCas9と一対のsgRNAsにより染色体再編成 (pericentric inversion)を誘導し、autosynaptic formのオス系統と交配し、致死性を免れた子孫を解析した。
  • 130匹のゲノム編集メスの中で、autosynaptic formのオス系統と交配の結果子孫をもたらしたのは1匹に留まったが、唾液腺の巨大な多糸染色体の電顕像、PCRおよびシーケンシング解析から、一対のsgRNAsで標的した2ヶ所の間で、 ブレイクポイント (breakpoint)が修復されていたことを確認した。
[染色体再編成関連crisp_bio記事]

3. CRISPR RNAは、Cascade核タンパク質複合体の構造とサイズと密接に関係している
[出典] A CRISPR RNA Is Closely Related With the Size of the Cascade Nucleoprotein Complex. Gu DH, Ha SC, Kim JS. Front Microbiol. 2019-10-29
  • エタノール生産菌として知られるZymomonas mobilis ZM4は3種類のCRISPRシステムを帯びているが、その中で、4種類の遺伝子 (ZmCsy1-4: -1, -2, -3, -4)がタイプI-F CRISPRシステムのCascade複合体を形成している。全南大学校とPohang Accelerator Laboratoryの研究チームは今回、Z. mobilisにおいてCascade複合体が形成される分子機構の構造基盤を明らかにすることを目指してZmCsy3サブユニットのX線結晶構造解析を行った (PDB ID 6KQR (分解能 2.9 Å) 2019-10-29公開待ち)。
  • 興味深いことに、ZmCys3はcrRNAに結合していない状態でも、crRNAが結合しているP. aeruginosaのタイプI-F Cascadeの構造に酷似していた (Figure 1とFigure 2から引用した下図左右を参照)。
 2019-10-29 12019-10-29 2
  • また溶液中で、単量体のZmCsy3タンパク質は、結合するcrRNAの長さによって、異なるオリゴマーを形成した (Figure 3引用下図参照)。2019-10-29 3
  • これまでの報告と今回の構造情報から、Cascade複合体の形成とサイズはcrRNAに依存することが示唆された。
[Z. mobilis CRISPRシステム関連crisp_bio記事]
  • CRISPRメモ_2019/03/23 - 2 [第4項] 通性嫌気性エタノール生産菌Zymomonas mobilis内在のタイプI-F CRISPR-CasシステムをZ. mobilisゲノム工学へ活用する

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