[出典] "Theoretical modeling on CRISPR-coded cell lineages: efficient encoding and optimal reconstruction" Sugino K, Marques JG, Medina IE, Lee T (Howard Hughes Medical Institute). bioRxiv. 2019-02-01.

概要
  • CRISPR/Cas9システムで誘導した変異を"遺伝的バーコード"として特定のユニット (DNA配列)に記録し (エンコーディング/encoding)、後に読み出すことが可能である。
  • このエンコーディング手法は、第1にgRNAの種類を増やすことで内在そしてまたは外在サイトに膨大な種類のバーコードを記録可能であり、第2にgRNAの標的の長さは23-bpであることから、1-kbあたりの標的ユニットは40個に達し、第3にCRISPR誘導変異をおおむね予測可能したがってプログラム可能であり、第4に互いに直交するCas9の併用が可能であり、第5に有糸分裂後の変異誘発を防止するためにCas9の活性を細胞周期に合わせて調節可能であり、これまでにない優れた細胞系譜記録法である。
CRISPRバーコード生成とCRISPRバーコードに基づく細胞系譜再構成 
  • 遺伝的バーコードに基づく幹細胞から最終的な体細胞に至る細胞系譜再構成は、現存する遺伝子あるいは遺伝子群にもとづく進化系統樹再構成に似ているが、再構成の前提に違いがあり、細胞系譜再構成に独自の工夫が必要である。例えば、進化系統解析では多くの場合、変異サイト数を無限としているが、CRISPRによる遺伝的バーコードでは、変異が誘導される標的の数は有限かつ少数であり、また、CRISPR誘導変異は誘導後固定されるが*、進化の過程での変異は遷移していく現象である (本モデルでは、homing CRISPRによるエンコーディングは対象外;参考資料5参照)。
  • 細胞系譜再構成にあったってはまた、細胞の分裂様式を考慮する必要がある。幹細胞は、同じ幹細胞と分化細胞に分裂する非対称分裂 と、幹細胞から同じ種類の娘細胞2個へと分裂する対称分裂の2種類の様式があるが、非対称分裂が繰り返され有糸分裂後細胞が線形に蓄積されていく (タイプ1)可能性がある。一方で、発生過程の組織では既存の細胞が対称分裂することで有糸分裂後細胞が指数関数的に増殖し (タイプ3)、その結果、遺伝的バーコードが一致している細胞数が多数共存することになる。研究チームはタイプ1とタイプ3の細胞分裂に対応可能なアルゴリズムを模索した。
理論モデルとコンピュータシミュレーションに基づくCRISPRバーコード設計法と細胞系譜再構成法の開発
  • 理論モデルとコンピュータシミュレーションを繰り返し、CRISPRによる遺伝的バーコード (以下、CRISPRバーコード)の設計法とCRISPRバーコードに基づく再構成法を開発した。
  • エンコーディング効率を標的ユニットおよび細胞全てについて一定と仮定したモデルは、細胞系譜が深くなるにしたがって新たなCRISPRバーコードの数が減少し、細胞系譜を精度よく再構成することが加速度的に困難になることを示唆した。研究チームはこの課題を、CRISPRバーコードのユニットを無制限に増やすことなく解決することを試み、平行する多重なgRNAカスケードを解析 (CLADES法:投稿予定)またはCas9の編集効率を変えることで、エラーフリーの細胞系譜の深さを2~3倍へと拡張可能なことを示した。
  • 再構成法については、これまでに提案された細胞系譜再構成法**で利用されたアルゴリズムに加えて階層的クラスタリングのさまざまなアルゴリズムを比較し、興味深いことに、共通する遺伝的バーコードの数に基づく完全連結法 (complete linkage method)によるクラスタリングが細胞系譜再構成に最適であることを見出した (** 原投稿Table 1に、scGESTALT, LINNAEUS, MEMOIR, Irepan Salvador-Martinez et al.論文 (参考資料1)およびByungjin Hwangz et al.論文 (参考資料4)の比較表あり)
今後の課題
  • CRISPRバーコードを一細胞PCRとシーケンシングで判定する際に、CRISPRバーコードがランダムに失われる現象への対処やスケーラビリティーの課題が残る。
参考資料 (関連crisp_bio記事と論文)
  1. CRISPRメモ_2018/07/24 [第3項] CRISPRレコーダを利用して細胞系譜を精確に再構成することは可能か?(Irepan Salvador-Martinez et al.)
  2. CRISPRメモ_2018/06/29 [第1項] [技術展望]多能性幹細胞からの細胞系譜解析のルネサンス
  3. 2018-04-12 細胞バーコーディングとscRNA-seqを一体化して、細胞型の同定と細胞系譜再構築の一石二鳥を実現 (3件): LINNAEUS, ScarTrace, scGESTALT
  4. "Lineage tracing using a Cas9-deaminase barcoding system targeting endogenous L1 elements" Byungjin Hwang et al. bioRxiv. 2018-07-12.
  5. CRISPR_2018/03/13メモ [第3項] 'Homing CRISPR'技術によりマウスにおけるin vivoバーコーディングと細胞系譜追跡
  6. CRISPR関連文献メモ_2016/11/28 [第2項] MEMOIR法: 細胞系譜と細胞過程をゲノム内に記録し読み出し、解析する