[注] HDRを介した遺伝子修復には、Cas9のDSBよりもCas9nのSSBがお薦め
2021-12-30 記事タイトルを「HDRを介した遺伝子修復には、Cas9のDSBよりもCas9nのSSBがお薦め」から「CRISPR-Cas9が誘導するDSBは,大規模な染色体短縮をもたらす」へと改訂し,元タイトルは[注]へと移行
2019-03-10 初稿
[出典] "CRISPR-Cas9 genome editing induces megabase-scale chromosomal truncations" Cullot G, Boutin J [..] Moreau-Gaudry F, Bedel A. Nat Commun. 2019-03-08.

目的
  • Université de Bordeauxなどフランスの研究グループは、先天性骨髄性ポルフィリン症 (congenital erythropoietic porphyria, CEP)のモデル作出と治療を目的として、ヘム代謝に関わる酵素ウロポルフィリノーゲンIIIシンターゼをコードするUROS遺伝子の編集を試みた。
UROS遺伝子編集
  • Cas9ヌクレアーゼまたはCas9 (D10A)ニッカーゼ (以下、Cas9n)、SacI制限酵素認識部位を帯びた長さ181ntのssODN、CEP病因変異 (染色体10番上のUROSのエクソン4におけるc.217 T > Cを標的とするsgRNAを、Nucleofection™により標的細胞にエレクトロポレーション (原論文Fig. 1引用下図参照)。スクリーンショット 2019-03-10 11.30.34
    (相同組み換え修復を介して挿入されるSacIがシード配列を改変し、Cas9ヌクレアーゼによるDNA切断の繰り返しを防止すると想定)。
単一DSBがもたらすゲノム不安定性
  • HEK293T細胞において、オンターゲットでは、アレルの~21%でHDRが実現した。一方で、アレルの~60%にはNHEJを介したindelsが誘導された。このオンターゲットindelsは、UROSのノックアウトを介して、ヘム生合成パスウエイにおいてType-I ポルフィリン蓄積を誘導することを見出した(原論文 Supplementary Figure 1引用下図参照)。スクリーンショット 2019-03-10 11.33.05
    また、CRISPORで予測したオフターゲットサイトでindelsが見られた。
  • 近年、多重のDSBによる染色体削除が報告されたことから、UROSにおける単一のDSBが第10染色体に与える影響をDNA-FISHとarray-CGH法で検証した。Chr10の2箇所を標識し (原論文Fig. 3 a/b引用下図参照)、スクリーンショット 2019-03-10 11.31.45
    3本のChr10が存在する割合が63%のHEK293T細胞 (25%が4本; 6%が2本)において、Cas9、Cas9とssODNおよびCas9nとssODNによる編集結果を比較した。サブテロメアの両端を標識して得られたデータ (上図b参照)から、Cas9を使用した場合にHEK293T細胞の10%に、UROSの下流に7.5 Mbの欠失が誘導され、Chr10qが短縮されたことを見出した。さらに、Cas9で編集した10クローンを詳細に解析したところ、3クローンで欠失が発生し、その2クローンについて、UROS DSBサイトから10q染色体テロメア近傍まで欠失していることを見出した。一方で、UROSの上流に31 Mbの重複が発生したクローンも見出した。
  • 単一DSBに起因する染色体短縮は、K-562細胞株でも確認された。HEK293T細胞もK562細胞も複雑で不安定な核型で、p53活性を欠いている。そこで、ヒト包皮初代線維芽細胞 (hFF)そのhTERT不死化細胞対象に実験を繰り返し、染色体短縮はFISHの検出限界以下であったが、TP53遺伝子ノックアウトにより染色体短縮のリスクが10倍になることを見出した。先行研究で「p53を阻害するとCRISPR/Cas9のHDR効率が著しく向上する」とされたが、p53阻害は染色体短縮の副作用を伴うことになる。
Cas9nの効用
  • HDR用テンプレートssODNとsgRNAは共通のまま、Cas9によるDSBをCas9nによるssDNA切断 (SSB)に替え、相同組み換えを介して修復が進行し、オンターゲットでのindelsは0.2%まで激減し、UROSの活性は維持され、ポルフィリン生合成パスウエイも阻害されず、CRISPORが予測した10ヶ所のオフターゲットサイトにindelsが発生しないことを、見出した。
  • 一方で、Cas9nはCas9よりもHDRの効率が一桁低かったことから、ssODNの短縮などの最適化を試みる過程で、モニター用にAlex-647蛍光色素を結合した80nt-ssODNの場合に、HDR率が劇的に向上することを見出した。そこで、蛍光色素によるssODNの安定化を想定し、ssODNの5'末端にLAN (locked スクリーンショット 2019-03-10 11.52.16
    acid)を結合させたところ、HDR率が劇的に向上した。NGS解析ではHDR率が18%まで向上し、indels率は0.7%と最小限であった。Cas9nとLAN-sgRNAは、K-562細胞のUROS編集でも同様の効果をもたらした。また、HEK293T細胞において、UROSのエクソン10の変異を標的とする編集でも同様の効果が得られた。
CEPのモデリングと遺伝子修復
  • Cas9nと181nt-ssODN-c.217 CのテンプレートによりHEK293T細胞株からCEPのモデル細胞c.217C HEK293を作出し、この遺伝子変異を、Cas9nと181nt-ssODN-c.217 Tのテンプレートに基づくHDRを介して修復し、酵素UROSの活性が~30%まで回復し、Type-I ポルフィリン蓄積も解消した。HDR効率は5.8%であり、indelsは見られなかった。ただし、10q腕の末端欠失が稀ではあるが発生した。
参考crisp_bio記事:CRISPR-Cas9によるオンターゲットへの変異誘発とゲノムの大規模改変
  • CRISPRメモ_2019/02/25  [第5項目] CRISPR-Cas9によるDSBからの修復過程で、オンターゲット部位に予期せざる病原性'bystabder'変異が発生する
  • CRISPRメモ_2018/12/11 [第1項] マウス胚のゲノム編集において、手法の最適化によりオフターゲット編集は抑制可能であるが、望ましくないオンターゲット編集は制御困難である
  • 2018-11-28 BE3とCas9がオフターゲットとオンターゲットに誘導する変異プロファイル2報
  • 2018/07/24 奥が深いCas9によるDSBからのdsDNAの修復結果と修復過程を探る (2件)
  • 2018-07-17 CRISPR-Cas9が誘導するDSBの修復は、ゲノムの大規模な削除と複雑な再編に至る