出典

  • "Highly efficient therapeutic gene editing of human hematopoietic stem cells" Wu Y, Zeng J [..] Bauer DE. Nat Med. 2019-03-25.

背景

  • βグロビン遺伝子の変異に起因する鎌状赤血球症 (Sickle Cell Disease: SCD)とβサラセミアの療法として、胎児に存在し成人では失われている胎児型ヘモグロビン (HbF, α2γ2)を再誘導する手法の研究開発が進められてきた。
  • 今回論文の責任著者であるDaniel E. Bauerが率いるBoston Children’s Hospitalを中心とする研究グループも一連の先行研究にて、HbFの発現を抑制する転写抑制因子BCL11Aのエンハンサーを赤血球において同定し、さらに、プール型CRISPR-Cas9-sgRNAsによる飽和変異導入実験によりエンハンサーの中で鍵となる領域を同定していた(*)。また、他の研究報告も含めて、このエンハンサーが赤血球以外の細胞には必須ではないことも同定されている。
  • (*) Canver MC, Smith EC, Sher F, Pinello L [..] Zhang F, Orkin SH, Bauer DE.“BCL11A enhancer dissection by Cas9-mediated in situ saturating mutagenesi” Canver MC, Smith EC, Sher F, Pinello L [..] Zhang F, Orkin SH, Bauer DENature. 2015 Nov 12; 527(7577): 192–197 (PMC4644101)

エンハンサーの編集

  • 研究グループは今回、患者由来の造血幹細胞 (hematopoietic stem cells: HSCs)において、Cas9:sgRNA RNPにより、先行研究で同定したエンハンサーの3カ所のDNaseIの高感受性部位のなかの一つ (転写開始点から58-kbに位置する’h+58’)であり、血球系転写因子とされるGATA1の結合部位を切断し、NHEJ修復を介したGATA1結合モチーフの破壊により、BCL11A転写抑制因子の発現を抑制し、HbFの再誘導を実現した。
  • なお、CRISPR-Cas9による造血幹細胞のゲノム編集は効率や精度の変動が大きいことが知られているが、NLSを二重にしたCas9 (2xNLS-Cas9)と化学修飾したsgRNAをRNPとして送達し、また、RNPのエレクトロポレーションのバッファーを見直すことで、安定な標的編集を実現した。
  • 遺伝毒性や幹細胞に対する機能損傷は非検出であった。
マウスに移植した患者由来HSCsから分化したヒト赤血球の評価

  • SCD患者由来HSCsから分化した赤血球は、治療効果をもたらすに十分なレベルのHbFを発現し、鎌状化も抑制され、また、βサラセミア患者由来HSCsから分化した赤血球は、グロビン鎖のバランスを回復した。

結論

  • Cas9によるDNA切断のNHEJ修復を介したBLC11Aエンハンサーのノックアウトは、HbFを誘導しによるβグロビン病の治療戦略として臨床展開可能である。
ヘモグロビン異常症と胎児型グロビン発現に関連するcrisp_bio記事例
  • CRISPRメモ_2018/10/21 [第2項] 胎児型グロビン再活性化によるβサラセミア遺伝子治療法となりえるヒト造血幹細胞・前駆細胞のゲノム編集に最適なCRISPR/Cas9の送達法
  • 2018-04-03 βグロビン異常症の遺伝子治療:成長にともなう胎児型ヘモグロビン遺伝子発現抑制の分子機構