[出典] "A compact synthetic pathway rewires cancer signaling to therapeutic effector release" Chung HK [..] Lin MZ. Science. 2019-05-03.

概要
  • Stanford Universityの研究チームは今回、癌細胞に特有の異常活性化シグナル伝達を検知すると、それを然るべきエフェクタを放出するシグナル伝達へと書き換えるRASER (Rewiring of Aberrant Signaling to Effector Release)法を開発した。
  • RASERは標的受容体に結合すると、癌療法に有効なエフェクタを放出する。標的受容体の発現が正常細胞では一時的であるのに対して、癌細胞で恒常的であるため、エフェクタ放出が、正常細胞では短時間の間に収束していくのに対して、癌細胞では細胞死など癌細胞が決定的に改変されるまでエフェクタが蓄積されていく。こうして、RASERは癌細胞に選択的に作用する。
詳細
  • 研究チームは、RASER開発の標的として、多くの固形癌で恒常的に異常活性化しているErbB受容体タンパク質の中でEGFRとHER2を選択した。
  • 数理モデルに基づく3ラウンドの最適化を経て到達したErbB RASERは、2種類の因子で構成される:(1) ErbBリン酸化チロシンに結合するShcアダプタータンパク質のホスホチロシン結合ドメイン (PTBドメイン)と、臨床薬として認可された阻害剤が存在するHCV NS3プロテアーゼとで構成される因子;(2) ErbBリン酸化チロシンに結合するSH2ドメインとともに、CAAX膜局在化シグナルを帯びた基質鎖に結合したカーゴ (蛍光レポータまたは癌療法用エフェクタ)で構成される因子
  • レポーターを利用したエフェクタ放出の検証実験により、ErbB RASERがErbBにドライブされる様々な癌細胞においてエフェクタを放出する一方で、正常細胞ではエフェクタを放出しないことを確認した。
  • また、ErbBの内在リガンドEGFによる活性化実験により、ErbB RASERはAktとERKの活性化とは相関せず、発癌性のErbB活性化と選択的に相関することを確認した。
  • 研究チームは、がErbBが異常活性化している癌細胞 (BT-474乳癌細胞株とH1975肺癌細胞株)、ErbBの活性化を伴わない癌細胞 (MCF-7乳癌細胞株)および2種類の正常細胞 (MCF-10A; MRC5)を対象として、抗がん剤カルボプラチン (パラプラチン)、パクリタキセル (タキソール)およびラパチニブ (タイケルブ)と、ErbB RASERと、その作用を比較した。
  • カルボプラチンとパクリタキセルの活性は細胞株依存性を示さず、ラパチニブは細胞株依存性を示したが、ErbBの活性の程度との相関を示さなかった一方で、ErbB RASERはBT-474とH1975に明確な選択性を示した。
  • ErbB RASERによるErbBシグナル伝達の書き換えについては、ErbBシグナル伝達が異常活性化している癌細胞において、ErbB活性に依存する細胞死への誘導や、CRISPRa (dCas9-VP64)に基づく細胞内在の顆粒球単球コロニー刺激因子 (GM-CSF)の87%に及ぶ活性化を実現した。一方で、これらの書き換えは、ErbBの発現が正常な細胞では実現せず、ErbB RASERの選択性が示された。
  • ErbB RASERのErbB異常活性化癌細胞への選択性については、共培養しているErbBが異常活性化している膵臓癌細胞とErbBの発現が正常な肝細胞に、AAVを介してアポトーシスを誘導するエフェクタを伴うErbB RASERを送達する実験からも裏付けられた。すなわち、ErbB RASERは、癌細胞を選択的に細胞死に至らしめたが、正常細胞には障害を与えなかった。
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