[出典] "A CRISPR Way to Identify Cancer Targets" Hahn WC (Dana–Farber Cancer Institute/Broad Institute). N Engl J Med 2019 Jun 20;380(25):2475-2477.

 精密がん治療 (precision cancer medicine)の基本概念には、副作用を最小限に留めつつ個々のがん患者に最大限有効な治療剤の選択を可能とする標的遺伝子の同定が含まれる。ハイスループットのシーケンシング解析のコストが下がり、腫瘍における体細胞変異の同定が可能になり、メラノーマ、乳がん、非小細胞肺がん、ならびに一定の白血病治療の分子標的の選択に利用されている。この手法は免疫療法にも展開されている。すなわち、組織型に依らず変異型によって (参考 crisp_bio 2017-06-19)処方を判断可能なPD-1を標的とする抗体医薬が実現している。

 近年こうした成功例が続いているが、腫瘍の分子プロファイリングの恩恵を受けられる患者は未だ少数である。この問題の要因は、そもそも分子診断を利用できる患者が少ない状況にあるが、治療標的を同定する技術が至らないことが本質である。すなわち、シーケンシング解析から治療標的になる変異を同定できる腫瘍が限られており、加えて、治療標的の変異に作用する治療剤も限られている。この状況を解決する道が最近 (2019年4月)、Behanら (Nature, 2019)とChanら (Nature, 2019)によって示された (関連crisp_bio記事*)。

 BehanらとChanらの実験はいずれも、多数のがん細胞株において~18,000遺伝子を標的とするプール型CRISPR-Cas9ノックアウトスクリーにより、「その欠損が、がん細胞のフィットネスを低下させる」遺伝子を同定した。その上で、全てのがん細胞株に共通な必須遺伝子と、一部のがん細胞株の必須遺伝子を同定した。さらに、ドラッガビリティーや遺伝子機能などを評価し、がん治療の標的候補を選定した。そのほとんどは、これまでの療法では注目されていなかった遺伝子であった。

 例えば、RecQファミリーヘリカーゼをコードし、ウェルナー症候群患者で変異しているWRN遺伝子が、すべてのがん細胞に必須ではないが、マイクロサテライト不安定性を帯びているがん細胞には必須であることが同定された。RecQヘリカーゼは、ホリデイジャンクションやテロメアなどにおいてもDNA二重鎖を巻き戻す機能と、エクソヌクレアーゼ活性を帯びているが、Behanらは、RecQヘリカーゼの巻き戻し機能が、マイクロサテライト不安定性を帯びているがん細胞には必須であることを同定した。

 細胞系譜に特異的な変異やWRNとマイクロサテライト不安性の例に見られた合成致死に至る変異は、多様ながん細胞に対する併用療法の標的として注目に値し、BehanらやChanらが提示した手法による大規模実験が進むことが期待される。

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