2023-02-18 予告されていた英国ケント大学で開催された生命倫理の会合は、賀建奎 (He Jiankui)にとっては、宣伝の場にすぎなかった - 賀建奎は物議を醸した2018年の実験に関する研究者の質問に答えることを拒否した
[出典] NEWS "Disgraced CRISPR-baby scientist’s ‘publicity stunt’ frustrates researchers" Mallapty S. Nature 2023-02-12/02-13 (訂正). https://doi.org/10.1038/d41586-023-00382-w
 ケント大学でのハイブリッド・ミーティング(リアルとバーチャルのハイブリッド)は、Bio-Governance Commonsイニシアチブというグループが主催し、13カ国から80人以上の研究者がバーチャルで参加し、武漢の会場には20人ほどの研究者や学生とともに賀建奎も出席した。
 賀建奎は2018年に、CRISPR-Cas9を利用してヒト胚においてHIVの共受容体をコードするCCR5 遺伝子を編集し、HIVに耐性を帯びた子(CRISPRbabies)を3人誕生させた子。その後、子供たちがHIVから守られているか、副作用が生じたか、経過は一切不明である。なお、父親がHIVに感染し、母親は感染していないことから、両親はこの治療に同意していた。
 賀建奎は、中国で医療法に違反したということで投獄され、昨年出所してからは、北京に非営利の研究所を設立し、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)などの遺伝性疾患に対する安価な治療法の開発に注力していることをSNSで明かしていた。今回は、25分間の中国語による発表(英語による同時通訳あり)にて、DMD患者のための遺伝子組換え医薬品の開発計画を簡単に説明し、現在、慈善団体から資金を募っていることを明らかにした。また、開発する治療法が安価であることを保証するために、営利企業からの投資は受けないとし、国際倫理委員会が作業に関する指導を行うと述べた。また、中国では着床目的の胚のゲノム編集は禁止されているが、遺伝子編集技術に関する規制の実施はまだ明確になっていないと述べた。「科学研究は、倫理と道徳の制約を受けなければならない」と、講演の最後に述べた。しかし、講演のほとんどを、ゲノム編集技術の基礎と、農業、感染症、診断学、ヒトの健康への応用について説明することに費やし、すでに行ったヒト胚ゲノム編集に触れることはなく、また、質問に回答することもなかった(メールでのQ&Aに答えるとした)。
 2018年のCRISPRbabiesの発表後、米国医学アカデミー、米国科学アカデミー、英国王立協会は2020年の報告書で、遺伝子編集技術は移植を目的としたヒト胚に使用する準備ができていないと結論づけた。さらに、2021年7月、WHOが招集した委員会は、遺伝性遺伝子編集の使用に反対するよう勧告した。また、2020年の政策レビュー [CRISPR J, 2020] によると、約70カ国が遺伝性ゲノム編集を禁止している。 

2022-12-10 CRISPR babiesを誕生させた賀建奎 (He Jiankui) 再始動
[出典] "Chinese scientist behind gene-edited babies to speak at Oxford University" Xie E. South China Morning Post 2022-12-02. https://www.scmp.com/news/china/science/article/3201896/chinese-scientist-behind-gene-edited-babies-speak-oxford-university
 違法な医療行為をしたことで3年間服役した賀建奎は2022年4月に釈放されていたが、今回、中国のSNSウェイボー(Weibo / 微博)にて、「来年3月に、英国St Cross CollegeのフェローであるEben Kirksey教授に、生殖医療におけるCRISPR遺伝子編集技術の利用に関する講演に招待されたこと、オンラインで配信されること」を発表した。Kirksey教授も、この講演はOxford大学の倫理委員会で承認されたとコメントした。
 賀建奎はまた、北京市南の郊外に、稀な遺伝子疾患を治療する"手頃な (affortable)"な遺伝子治療法の開発を目的とする新しい研究室を開いたとツイートした。現行の遺伝子治療の経費は100万ドルのレベルである。
2019-08-02 初稿
1. これまで語られなかった賀建奎にとっての'信頼の輪'
[出典] "The untold story of the ‘circle of trust’ behind the world’s first gene-edited babies" Cohen J. Science 2019-08-01
  • Science誌スタッフライターのJon Cohenの記事のタイトルにある'circle of trust'は、Heの広報を担当していたRyan Ferrellの言葉の"He's circle of trust"に由来し、「胚ゲノム編集の行為自体には関与していなかったが、事が公になる前から、賀建奎の行為を知っていたまたは怪しんでいた科学者 (ノーベル賞受賞者を含む)、経営者、起業家、NASEM報告関係者、IVF専門医ならびに政治家」の'輪'を意味している。'輪'の何人かはHeの計画を厳しく批判したが、他は、歓迎あるいは沈黙した。
  • Heを知る人々の何人かはScienceに対して、「Heの秘密を打ち明けられる人 (confidantes)の輪がどのように形成され、科学コミュニティーと一般社会との間のより大きな輪がどのように壊れたか」を明らかにすべきとした。
  • Heの計画を止めさせようとしたスタンフォード大学の生命倫理学者William Hurlbutは、「Heは彼が信頼していた人々から裏切られた (was "thrown under the bus")」「(関係者は)出口に殺到しているが("ran for the exit")、何を知っていたか、何をしたか/何をしなかったか」を公にした上で、「どうしてよいかはっきりしたことはわからない、誰も来たことのない道なのだから」とすべきである、とコメントした。
  • Cohenは、Henの故郷での生活から始まり、合肥市の中国科学技術大学、米国Rice大学 (Deem研)、Stanford大学 (Stephen Quake研)、深圳市南方科技大学、 深圳市のPeacock planから600万US$の資金を得てDirect Gemomics設立の経緯を辿り、Direct Genomicsからの輪の拡がりを明らかにた。
  • また、2017年6月10日深圳市南方科技大学にて、賀建奎が不妊の問題を抱えていた夫婦を胚ゲノム編集へ誘導する50分間の会合 (Science誌はそのビデオの一部を確認済み)を経て、その17ヶ月後の2018年11月の上海第2回ヒトゲノム編集国際サミットに至るまで、'輪'の内外の関係者とのやろとりを詳らかにした。
2. LuLuとNanaが引き受けさせられたこと
[出典] Did CRISPR help—or harm—the first-ever gene-edited babies? Cohen J. Science 2019-08-01.
  • Heの胚ゲノム編集は、HIV患者の父から子へのHIV感染防止とHIVに対する耐性をもたらすことを目的としたとされている。しかし、父から子へのHIV感染防止は、ゲノム編集を行うまでもなく精子洗浄によって可能である。
  • HIV耐性の遺伝型として北欧集団の中からCCR5遺伝子のホモ型32-bp欠損CCR5Δ32が知られているが、CCR5にはHIV以外のウイルスに耐性をもたらす、CCR5Δ32は短命になる傾向がある、などCCR5およびCCR5Δ32の生物学的意味が定まっていない。
  • Heらは32-bpの欠損ではなく、その一部の15-bpの削除を目指したが、CCR5Δ15がもたらす可能性があるタンパク質の機能は不明である。
  • Heらの胚ゲノム編集結果はヘテロ型CCR5変異であり (CCR5全長アレルが1コピー存在)、また、モザイク (両アレルともCCR5全長)が発生したと推定される。
  • LuLuとNaNaのその後の健康状態は不明なままである。
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