[出典] "Single-Nucleotide-Resolution Computing and Memory in Living Cells" Farzadfard F [..] Lu TK. Mol Cell. 2019-08-22 (bioRxiv. 2018-02-16) 

 Timothy K. LuのグループのSCRIBE/mSCRIBEをはじめとして様々なグループが細胞事象をDNAに記録する技術を開発してきたが [文末参考資料参照]、Luらは今回、これまでの技術の限界を打破することを目的として、ゲノムDNAを"フラッシュメモリドライブ" (*)のように読み書き可能とし、その多重化を介して生細胞内で論理演算を実行する遺伝子回路を実現するDOMINO (DNA-based Ordered Memory and Iteration Network Operator)を開発した [(*) 原論文では"hard drive"に例えている]。

DOMINOの仕組み
  • フラッシュメモリドライブ (Solid State Drive: SSD)はセルと呼ばれる最小単位内の電子の有無を電圧によって調節することで、情報をバイナリー(1または0)の形で記録する不揮発性の半導体メモリである。DNA"フラッシュメモリドライブ" (以下、DNAメモリ)は、一塩基置換技術 (BE/Target-AID)を利用してゲノムDNA上のC-to-T (G-to-A)置換として情報を記録し、かつ、細胞を破砕することなくそのまま読み出し可能とした"不揮発性"生体メモリである。
  • DNAメモリに対する読み書き (Read-Write)は、READモジュールとして機能するCas9ニッカーゼ (nCas9)にWRITEモジュールとして機能するシチジンデアミナーゼ (CDA)を融合し、C-to-T/G-to-Aの置換効率を高めるウラシルDNAグリコシラーゼ (ugi)を加えたCDA-nCas9-ugiのコンストラクトとgRNAで実現されている (原論文Figure 1 A参照 )。
  • アンヒドロテトラサイクリン (aTc)誘導プロモーターで発現するコンストラク (論文中ではoperational signalと称されている)と、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド (IPTG)誘導プロモーターで発現するgRNA (論文中ではinputと称されている)が揃うと ('AND')、gRNAが標的とするWRITE ウインドウに塩基置換を出力する'ANDゲート'がDOMINOの基本型である。
  • IPTG誘導プロモータを、生体信号に応答するプロモータに置き換えることで、さまざまな生体信号をDNAメモリーに記録していくことが可能になる。
DOMINOの機能
  • DOMINOによって、DNAにアナログ情報 (生体信号の強さと長さ)も長期間安定して記録することが可能になり、DOMINOの多重化を介して生細胞で発生する事象の順とタイミングを制御する論理を遺伝子回路として実現することが可能になった。
  • DOMINOによって、DNAメモリへの書き込みの順と組み合わせを細胞外からの入力によって調整することで、順序論理 (例 A AND THEN B)、順序に依存しない演算 (例 IF EVER A AND IF EVER B)、ならびに時間が関わる時相論理 (例 A AND AFTER TIME (X) THEN B)といった論理演算とメモリ操作を実現した。
  • DOMINOはまた、蛍光レポータを介したリアルタイムでのREADや、CRISPRiやCRISPRaを介して各種入力や他のDOMINOからの出力に応じた遺伝子発現調節を実現する。
  • DOMINOは、入力 (gRNA)の信号をDNAメモリに書き込み (塩基置換)、それに応じた出力(転写レベル)を測定可能とする遺伝子回路を構築することで、細胞内でのDNAの状態を、 細胞溶解を伴うDNAシーケンシングをすることなく、非破壊的に読み出すことも可能にする。
参考資料 (CRISPR技術に基づくDNA/細胞による情報処理に関するcrisp_bio記事とレビュー)