[出典] [NEWS & VIEWS] Three is a charm for an antibody to fight cancer/Trispecific antibodies offer a third way forward for anticancer immunotherapy. Garfall AL, June CH. Nature. 2019-11-21.; [論文] Trispecific antibodies enhance the therapeutic efficacy of tumor-directed T cells through T cell receptor co-stimulation. Wu L, Seung E [..] Yang Z, Nabel GJ. Nature Cancer. 2019-11-18.
[crisp_bio注] 本記事は主として NEWS &VIEWS に準拠
概要
 HIVに対する三重特異性 (trispecific)抗体を2017年に発表した (Science, 2017 )サノフィは今回、骨髄腫細胞表面に発現するCD38抗原、T細胞表面に発現するCD28抗原とCD3タンパク質複合体の3種類の分子を標的とする三重特異性抗体 (以下、CD38/CD3×CD28抗体)を開発し、効果的な抗腫瘍性を発揮することを、Nature Cancer誌に発表した

背景と詳細

[一重特異性抗体 (モノクローナル抗体)]
 モノクローナル抗体医薬品は多数認可され、多発性骨髄腫に対しても、CD38抗原を標的とするダラツムマブ/Daratumumab (商品名 ダラザレックス)が再発または難治性および未治療患者への適用を認可されている。なお、CD38は、急性リンパ性白血病や急性骨髄性白血病などの癌細胞にも発現している。

[二重特異性抗体]
 二重特異性抗体は、通常、癌細胞表面抗原CD3タンパク質複合体を標的とする。CD3はT細胞受容体 (TCR)の一部であり、TCRは、抗原認識ドメインを帯び、抗原に結合することで、活性化シグナルをT細胞内へ伝える。こうして、二重特異性抗体は、T細胞に内在している抗原特異性とは独立に、T細胞を癌細胞に近接させつつ、T細胞の抗腫瘍性を発揮させる。
 癌細胞のCD19とCD3を標的とする二重特性抗体のブリナツモマブ (商品名 ビーリンサイト )は、進行したB細胞急性リンパ芽球性白血病 (B-ALL)患者の寛解率と生存率を向上し、B-ALLの初期治療の治験が進んでいる (Blood, 2018)。

[CD38/CD3×CD28抗体]
 CD38/CD3×CD28抗体は、CD38とCD3に加えて共刺激受容体の一種であるCD28を標的に加えた。T細胞はTCRを介して標的抗原を認識し、共刺激受容体の補助を得て、免疫応答に効果的な増幅を持続する。共刺激の機序が存在しないと、TCRを介して長期間抗原に暴露されたT細胞はanergy (アネルギー)またはexhasution (疲弊)と呼ばれる免疫不応答の状態に陥り、アポトーシスに至る。
 共刺激受容体をT細胞の活性化に利用する戦略は、癌細胞に発現している抗原と共に、CD3やCD28といったT細胞活性化ドメインも認識するように改変したキメラ抗原受容体を備えたT細胞 (CAR-T細胞)による癌免疫療法に生かされている。しかし、多発性骨髄腫に対する完全長B-Cell Maturation Antigen(BCMA)を標的とするCAR-T療法の効果は短期的である (NEJM, 2019)ことから、新たな療法が求められている。
 CD38/CD3×CD28抗体がCD28を標的とした効用は、T細胞活性化に加えて、骨髄腫細胞への結合親和性の向上もある。CD28は多発性骨髄腫細胞で高頻度に発現していることが知られていたが、今回、CD38とCD28の発現レベルが異なる3種類の多発性骨髄腫細胞での検証実験から、CD28が三重特異性抗体の骨髄腫細胞への結合親和性を高め、CD38の発現が弱い骨髄腫細胞に対する効果を高めることを同定した。

[CD38/CD3×CD28抗体の効用]
 ヒトT細胞とヒト骨髄腫細胞を帯びたヒト化モデルマウスにおいて、3種類の分子を標的とする3種類のドメインを変異させた(*)CD38/CD3×CD28抗体の効果を比較し、CD28を標的とするドメインの存在によって、T細胞の活性と増殖、および抗アポトーシス性タンパク質Bcl-xLの発現が亢進することを同定した。
 また、in vitroにて、CD28を標的とするドメインを帯びたCD38/CD3×CD28抗体が骨髄腫細胞株を効果的に細胞死へと誘導することも確認した。また、CRISPR-Cas9を介してCD28をノックアウトしたKMS-11細胞 (KMS-11 KO細胞) のCD38/CD3×CD28抗体による溶解性が、元のKMS-11細胞の10~100分の1に低下することも同定した。

[CD38/CD3×CD28抗体の構造] 
 2つの三重特異性抗体がT細胞表面に沿って、T細胞表面上でダイマーを形成している各CD28にそれぞれ結合することを同定した (原論文 Fig. 6参照):6O89 Anti-CD28xCD3 CODV Fab (分解能 2.09 Å); 6O8D Anti-CD28xCD3 CODV Fab bound to CD28  (分解能 3.547 Å)

[CD38/CD3×CD28抗体の課題]
 免疫システムの活性化に伴うリスクであるサイトカイン放出症候群について、研究グループは、サルを対象として、皮下注射によって静脈注射の場合よりも緩和されると報告したが、サルでの結果がヒトに外挿できるか検証が必要である。また、CD38/CD3×CD28抗体の分解をもたらす抗体自身に対するヒトの免疫応答についての検証も必要である。