出典
  • [論文] Adaptive mutability of colorectal cancers in response to targeted therapies. Russo M [..] Bardelli A. Science. 2019-12-20;[PERSPECTIVE] Targeted drugs ramp up cancer mutability. Gerlinger M. Science. 2019-12-20.
概要

 RussoらCandiolo Cancer Instituteを主とする研究グループは今回、標的療法に対する耐性は、治療の間にゲノムの不安定性が一時的に亢進し新たに発生した変異によってもたらされるという仮説を裏付けるデータを大腸癌 (colorectal cancer, CRC)の細胞株と異種移植モデルから得て、Drug-induced mutagenesis (DIM)*と称されるに至ったモデルを提案した (* オリジナル論文ではなくPERSPECTIVEに拠る表記)。

癌細胞が標的療法に対して耐性を示すに至る機構モデル3種類
(この項[PERSPECTIVE] の図 "Models of acquired drug resistance"参照)

 Preexisting Restance Mode (PRM) - 癌細胞内在変異がもたらす耐性
  • 癌細胞の集団の中には耐性をもたらす変異を帯びたサブクローンが存在する。標的療法の間に、標的と想定された分子やパスウエイを帯びた癌細胞集団 (sensitive cancer cells: 以下, SCCs)が消滅し、その間、サブクローンは'persister cells'として生存し続け、増殖し耐性癌細胞集団 (resistant cancer cells: 以下, RCCs)となってSCCsにとって替わる。
 Microenvironmental Resistance Model (MRM) - 腫瘍微小環境に存在する因子がもたらす耐性
  • 癌細胞に内在する遺伝的因子をドライバーと想定するPRMに対して、腫瘍微小環境に存在する癌関連線維芽細胞 (cancer associated fibroblast, CAF)とCAFが産生する細胞外マトリックス (ECM)との相互作用を介してSCCsが標的療法に対して耐性を示す。
 Drug-induced mutagenesis (DIM) - 標的療法が新奇に誘導する変異がもたらす耐性
  • 標的療法を行う間にSSCsやRCCsに発生する新たな自然突然変異は稀であり、癌細胞に耐性をもたらす変異はPRMがいうところの内在変異が主とされてきた。Russoらは今回、分子標的薬に暴露されている間に限り癌細胞の突然変異率が高まり、ひいては、標的療法耐性をドライブする変異を帯びた'persister cells'が発生・増殖し、RCCsに至る機序が存在することを示した。
  • バクテリアでは、抗生物質からの致死性ストレスに対して、DNAミスマッチ修復 (DNA mismatch repair, MMR)が不全になり、エラー・プローンなDNAポリメラーゼへの依存が始まり、ひいては、変異率が高まり、致死性ストレスに適応した後は、変異率が下がり過剰な変異の蓄積が抑制される機序が'stress-induced mutagenesis (SIM)'として知られており、DIMはSIMの癌細胞版 [1]に相当する。
  • [1] "Stress-Induced Mutagenesis: Implications in Cancer and Drug Resistance" Fitzgerald DM, Hastings PJ, Rosenberg SM. Annu Rev Cancer Biol. 2017 Mar;1:119-140
標的療法はMMRと相同組換え (homologous recombination, HR)修復を下方制御する
  • RASBRAFが野生型のCRC患者に奏功するEGFR阻害剤 (EGFRi)セツキシマブそしてまたはBRAF変異を帯びたCRC患者に奏功するBRAF阻害剤 (BRAFi)ダブラフェニブを、RASBRAFが野生型でEGFR阻害感受性のDiFi細胞と BRAF p.V600E変異を帯びEGFRiとBRAFiの併用に感受性を示すWiDr細胞に投与する実験を行った。いずれの細胞もマイクロサテライトは安定 (microsatellite-stable, MSS)とされている。
  • 阻害剤は癌細胞集団にG1期アレストをもたらしたが、阻害剤の存在下でも数週間生存し続け、阻害剤を除去すると阻害剤に感受性を示す少数の細胞が存在することを見出した。さらに、より長期間阻害剤に暴露し続けると、阻害剤を除去した後も耐性を維持する細胞 (RCCs)が現れた。
  • 転写プロファイルは、阻害剤存在下でMMR遺伝子 (MLH1, MSH2ならびにMSH6)と一連のHRエフェクタ (BRCA2RAD51)、およびミスマッチと二本鎖DNA (DSB)修復に関わるEX01の発現が抑制されることを示した。同様の結果は、セツキシマブ感受性NCIH508細胞とBRAF変異HT29細胞でも見られた。
  • 加えて、RCCsでは、DNA修復因子の発現下方制御または欠損が発生していることも見出し、FM-HCRアッセイ [2]よって、MMR過程が抑制されていることを同定した。MMRとともに、レポーターを利用したアッセイにより、阻害剤によってHR過程も抑制されることを同定した。
  • [2] Multiplexed DNA repair assays for multiple lesions and multiple doses via transcription inhibition and transcriptional mutagenesis. Nagel ZD [.. ] Samson LD. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014 May 6;111(18):E1823-32. Online 2014 Apr 22.
患者のCRC組織においてもMMRタンパク質が下方制御されている
  • 患者由来の腫瘍性病変の異種移植モデル (patient-derived xenograft, PDX)の中で、KRAS, NRAS, およびBRAFのいずれも野生型のMSS PDXモデル6例について、セツキシマブによって程度はさまざまであるが腫瘍が縮減したが、RCCsは存在し、さらに、FOLFOXとEGFRiのパニツムマブが部分奏功した患者由来のサンプルにもRCCsが存在し、いずれの場合もDNA修復タンパク質のMLH1とMSH2の発現が下方制御されていることを同定した。
標的療法は、DNAポリメラーゼを高忠実性からエラー・プローンへと切り替えDNA損傷を誘導する
  • POLδやPOLεといった高忠実度のポリメラーゼの発現が下方制御される。一方で、Polι、PolκおよびRev1といった 精度が低く、処理能力が低く、校正機能を伴わないエラー・プローンで、バクテリアのストレス誘導ポリメラーゼPol IVおよびPol Vと相同なポリメラーゼが機能するようになり、エラーを修復しないまま複製が進行することになる。
  • DNA損傷のマーカを見ることで、阻害剤によるDNA損傷レベルの上昇と、阻害剤に対する耐性を獲得したRCCsではDNA損傷レベルが一定に保たれることも見出した。また、阻害剤と、HR修復を阻害しNHEJ修復を促進する53BPIタンパク質レベルの向上とが相関することも見出した。加えて、EGFRiとBRAFiが、活性酸素 (ROS)レベル上昇を介してDNA損傷レベルが上昇することを示唆するデータも得た。
標的療法は変異率を高める
  • はじめに、マイクロサテライト (ジヌクレオチドCAリピート)の改変 (変異)によるNanoLucの生物発光を見るCA-NanoLucアッセイによって、HT29細胞において、MMR遺伝子の一種であるMLH1をCRISPR-Cas9でノックアウトすると、NanoLucが生物発光することを確認した。
  • 続いて、EGFRiとBRAFiに暴露するとNanoLuc生物発光のレベルが時間と共に上昇し、耐性を獲得したRCCsでは阻害剤による新たな突然変異を示す発光レベルの上昇は見られなかったことから、阻害剤に暴露されている間に変異率が上昇し、阻害剤を除去すると変異率の上昇が止まることを見出した。
標的療法がもたらすゲノム改変
  • DiFiとWiDrの親細胞、persister cellsおよび耐性細胞の遺伝子変異量 (メガベースあたりの変異数)を全エクソームシーケンシング (WES)に基づいてからを比較したところ、persister cellsとRCCsの間には殆ど差が無かった。しかし、マイクロサテライトの比較から、阻害剤暴露中、ゲノム不安定性が上昇することを同定した。PDXモデルでも同様の結果を得た。
臨床応用
  • EGFRiやBRAFiがMMRとHRの抑制を介してpersistent cellsひいてはRCCsを誘導することから、BRCA1BRCA2の変異によりHR不全に至った癌細胞に対するPRAPiによる合成致死や最近報告されたMMR不全癌細胞に対するWerner syndrome adenosine triphosphate (ATP)–dependent helicase (WRN) 阻害の合成致死[3]にならった併用療法を、drug-induced mutagenesis対策として検証すべきである。
  • [3] WRN helicase is a synthetic lethal target in microsatellite unstable cancers. Chan EM, Shibue T [..] Vazquez F, Bass AJ. Nature. 2019 Apr;568(7753):551-556. Online 2019 Apr 10.