[出典] Microscaled proteogenomic methods for precision oncology. Satpathy S [..] Carr SA, Ellis MJ. Nat Commun 2020-01-27. (bioRxiv. 2019-10-09)

 癌のプロテオゲノミクス[*]は、癌のゲノミクスならびにトランスクリプトミクスのデータにプロテオミクスのデータを加えて統合解析する手法であり、癌の生物学と治療標的を深く理解する (deep insights)手がかりを供する [* WikipediaのProteogenomicsの項 から引用した下図概念図参照; Nat Methods 2014]Proteogenomics
 Broad Institute、Baylor College of Medicine、Siteman Comprehensive Cancer Center (WUSTL)などの研究グループは今回、これまでの手法に比べて、極めて少量のサンプルの採取法にサンプル中に微量に存在するタンパク質 (deep proteome)の検出も検出可能なプロテオミクス技術を組合わせることで、トランスレーショナル研究や癌の臨床診断に展開可能なプロテオゲノミクスの手法を開発した。

サンプル採取・調整法とマイクロスケールのプロテオーム解析法

 Clinical Proteomic Tumor Analysis Consortium (CPTAC)では、少なくとも100 mgの腫瘍組織を前提として、10,000種類を超えるタンパク質と、サンプルあたり30,000ヶ所を超えるリン酸化サイトのデータを獲得してきた。癌の臨床診断では、急速凍結組織からのコア針バイオプシー (core needle biopsy)で20 mg程度のサンプルをもとに、高深度なプロテオゲノミクスに十分なDNA、RNAおよびタンパク質を抽出する。
  • 研究グループは、高深度なプロテオゲノミクスを行うに足る高品質なDNA、RNAおよびタンパク質の調整を可能とするサンプルを14G (外径 2.11±0.03 mm; 内径 1.69±0.04 mm)の針を介して採取する手法 (Biopsy Trifecta Extraction, BioTExt)を確立した [Fig. 1 a引用下図参照]。Table 1-a
  • またBioTExtに加えて、サンプルあたり25 μgのペプチド量で十分なマイクロスケールのLC-MS/MSによるプロテオームとリン酸化プロテオームの解析を可能とするパイプライン、MiProt、を確立した [Fig. 1 b引用下図参照]。Table 1-b
実証実験
 ERBB2陽性 (HER2陽性)乳癌をモデルとして選択し、患者腫瘍組織移植マウス (PDX)モデルでの予備実験に続いて、14名の患者由来組織について解析を行った。
  • HER2を標的とするヒト化モノクローナル抗体薬トラスツズマブ(ハーセプチン)  によるネオアジュバント(術前補助) 化学療法の開始前と開始後48-72時間にわたって、プロテオゲノミクスを行った。その結果、リン酸化部位として、PDXモデル由来組織と患者由来組織においてそれぞれ>25,000ヶ所と>17,000ヶ所を同定し、11,000種類のタンパク質を同定した。
  • 浸潤巣が完全に消失する病理学的完全奏効 (pathologic complete response, pCR)に達した9名の組織では、ERBB2タンパク質とリン酸化レベルが低減し、mTORの活性も低減することを同定した。
  • pCRに至らなかった (non-pCR)事例について、その原因3種類を同定あるいは推定し、オアジュバント(術前補助) 化学療法に際しての診断の改善と個別化の手ががりとした:
  1. 偽陽性ERBB2事前でのFISHでの判定で陽性であったが、免疫組織化学的方法/IHCで、ERBB2タンパク質の発現は過剰になっていないことを特定。
  2. 疑似陽性ERBB2 - ERBB2は増幅していたが、ERBB2タンパク質の発現レベルとリン酸化のレベルがpCRに比べて低く、また、TOP2Aが発癌ドライバーとして機能している可能性。
  3. ERBB2陽性であるが、ムチン (mucin)タンパク質の過剰発現、アンドロゲン受容体 (AR)シグナル伝達の活性化そしてまたは、癌微小環境における抗腫瘍免疫応答の抑制などにより、耐性を獲得することが示唆された。