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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

[出典] News in focus: Mini organs reveal how the coronavirus ravages the body. Mallapaty S. Nature 2020-06-22

 COVID-19患者と剖検から新型コロナウイルスが呼吸器系に限らず多くの器官に重大な損傷を与えることが明らかになってきたが [1]、その損傷が、ウイルス感染が直接もたらしたのか、ウイルス感染に伴う間接的な影響なのか、明確ではなかった。いくつかの研究グループが、様々な器官のオルガノイドをモデルとして、体内でのウイルスの拡がり、ウイルスが感染する細胞、および、ウイルスが及ぼす損傷の同定を試みてきている。
[1] REVIEW: Gupta A, Madhavan MV, Sehgal K. [..] Landry DW. Extrapulmonary manifestations of COVID-19. Nat Med 2020-07-10.

オルガノイドの位置付け
  • ヨハネス・グーテンベルク大学マインツの細胞生物学者Thomas Efferthは、オルガノイドの長所として、ヒトの組織形態を忠実に再現することを挙げた。ウイルス学者は、細胞株や動物培養細胞をベースとした実験は、ヒト体内で進行する現象を完全に模倣する (mimic)ことはできないと言う。
  • カタロニアバイオ工学研究所 (バルセロナ)の幹細胞学者Núria Montserratは、オルガノイドは単一細胞型ではなく多くの細胞型を帯び、数週間で体内の器官の形態をとり、動物モデルよりも低コストであり、加えて、動物実験に伴う倫理問題を回避できると、オルガノイドの利点を挙げた。
  • 一方で、エラスムス大学メディカルセンターのウイルス学者Bart Haagmansは、オルガノイドをベースにした新型コロナウイルスの研究の限界を指摘した。体内で進行する臓器・器官間のクロストークを再現できないため、オルガノイドをベースとして得られた結果は、動物モデルと臨床試験で検証する必要があることを指摘した。
気管支から肺へ
  • 京都大学の幹細胞学者高山和雄 [2]らは、気管支由来の4種類の細胞から誘導したオルガノイドにおいて、新型CoVが主として基底細胞と呼ばれている気管支上皮内に存在する幹細胞に感染する一方で、分泌性クララ細胞には容易には感染しないことを見出した。
    [2] Suzuki T [..] Takayama K. Generation of human bronchial organoids for SARS-CoV-2 research.  bioRxiv-2020-06-01
  • 新型CoVは上気道から肺へ侵入し重篤な合併症を引き起こす。ウェイル・コーネル・メディカルセンターの幹細胞学者Shuibing Chen [3]は、ヒトiPS細胞から誘導した肺オルガノイドにおいて、COVID-19患者にみられるサイトカイン・ストームを再現する現象を同定した。すなわち、新型CoV感染による細胞死を経てケモカインとサイトカインの産生が亢進することで過剰な免疫応答が進行することを見出した。Chenは一方で、肺で進行する細胞死の原因は謎*とし、免疫細胞を伴った肺オルガノイドの構築に進んでいる。
    [*]
    ウイルスの直接損傷、自己分解、あるいは、免疫細胞による貪食か; [3] Han Y [..] Chen S. Identification of Candidate COVID-19 Therapeutics using hPSC-derived Lung Organoids. bioRxiv 2020-05-05.
肺から他器官へ
  • Montserratとブリティッシュコロンビア大学のJosef M Penningerらは [4]、ヒトiPSCから血管と腎臓のオルガノイドを利用することで、新型CoVが血管内皮細胞に感染して新型CoVが肺から血管を介して全身に送達され、腎臓を含む肺以外の臓器へと感染を広げることを示唆する結果を得た。この知見は、ブリティッシュCOVID-19患者における血管損傷の所見と整合する。
    [4] Monteil V [..] Montserrat N, Mirazimi A, Penninger JM.Inhibition of SARS-CoV-2 Infections in Engineered Human Tissues Using Clinical-Grade Soluble Human ACE2. Cell 2020-05-14.
  • Montserratも腎臓における細胞死を見出したが、それがCOVID-19に見られる腎臓不全の原因と特定するまでには至らなかった。
  • 復旦大学の細胞生物学者Bing Zhaoらは [5]、肝臓オルガノイドに基づいて、新型CoVが胆管細胞に感染して細胞死を誘導し肝機能を低下させることから、COVID-19患者に見られる肝臓不全は過剰な免疫応答または薬剤の副作用と見られていたのに対して、新型CoV感染が肝臓を直接障害するとした。
    [5] 
    Zhao B et al. Recapitulation of SARS-CoV-2 infection and cholangiocyte damage with human liver ductal organoids. Protein Cell 2020-04-17
  • Haagmansらは [6]、腸オルガノイドによる実験から、新型CoVが小腸と大腸のエンテロサイト内で増殖することが同定したが、新型CoVと免疫システムの相互作用を詳らかにするには、もっと複雑なオルガノイドモデルが必要であるとした。また、Penningerは、新型CoVは確かに呼吸器系以外の臓器に感染し損傷するが、例えば、心損傷など極めて重篤なCOVID-19の症状は、新型CoVによる直接的損傷と過剰な免疫応答が複合した結果とした。
    [6] 
    Lamers MM, Beumer J, van der Vaart J [..] Haagmans BL, Clevers H. SARS-CoV-2 productively infects human gut enterocytes. Science 2020-07-03
治験への貢献
  • Chenは、COVID-19対策を急ぐあまりに、臨床試験の多くが、他のCoVで得られた治験に基づいてモデルシステムを十分吟味しないまま始められ、早々に挫折していることを指摘した。
  • Chenらは、前出の肺オルガノイドをベースとした新型CoV感染の解析と共に、これまで治療薬としてFDAが認可した1,200種類の薬剤をスクリーニングし、抗癌剤イマチニブが新型CoV治療薬として有効と判定した。その後、治験がClinicaclTrials.gov に5件登録されるに至っている。
  • 他にも、オルガノイドでの薬剤評価をもとにした治験が進められている。
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