crisp_bio

論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

2021-02-19 国立感染症研究所D641G変異株について、「武漢型と比較して、ACE2に対する結合性が高く、感染性は3.5倍に及ぶが、中和抗体に対する感受性は武漢型のそれと変わらない」と論文発表した
[出典] "新型コロナウイルスD614Gスパイク変異はACE2結合親和性を高めることにより細胞内侵入効率を上昇させる" 国立感染症研究所 2021-02-09. https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/virology/10162-virology-2021-02.html; "SARS-CoV-2 D614G spike mutation increases entry efficiency with enhanced ACE2-binding affinity" Ozono S, Zhang Y, Ode H [..] Tokunaga K. Nat Commun. 2021-02-08. https://doi.org/10.1038/s41467-021-21118-2

2020-12-26 Duke大学の研究グループの研究成果を以下に追記
[出典]"D614G mutation alters SARS-CoV-2 spike conformation and enhances protease cleavage at the S1/S2 junction" Gobeil SMC [..] Acharya P. (bioRxiv 2020-10-12) Cell Rep 2020-12-25 [Journal Pre-proof]. https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.108630
 Duke Uの研究グループは今回、スパイク (S)タンパク質 [crisp_bio参考記事]の細胞外ドメインの14種類のコンフォメーションをクライオ電顕法で再構成し、抗原性の解析と、タンパク質分解の実験も行い、D614からG614への変異がSタンパク質のコンフォメーションと特性に及ぼす影響を探った。
[参考]
1. 一目瞭然の論文グラフィカルアブストラクト: https://marlin-prod.literatumonline.com/cms/attachment/4eb940ea-4406-4a7c-9055-1793798dd3c9/fx1_lrg.jpg
2. Sタンパク質遺伝子の2つのサブユニットのドメイン構造 (カッコ内はアミノ酸残基座標)
1) 細胞外ドメインの先端側に位置するS1サブユニット: NTD (27-305)-N2R[リンカー]-RBD (335-521)-SD1(529-591)-SD2 (592-697); D614G変異はサブドメインSD2内に位置し、SD2はまた、タンパク質分解酵素の一種であるフーリンが標的とする配列 [crisp_bio参考記事]を帯びている。
2) ウイルスエンベロープ側に位置するS2サブユニット (908-1035);
3. PDB登録情報: 新型コロナウイルスのPDB新規公開構造 (2020-11-04)の第5項
  • S1サブユニットのNTDとRBDは位置を大きく変化させるが、S2サブユニットは安定している。
  • S1サブユニットのサブドメインSD2内のD614G変異は、RBDの"up"状態の頻度を上げ、フーリンによるSD2サブユニット切断を亢進する。こうして、D614G変異株はヒト細胞への適応度と感染性を高めていることが示唆される。
  • RBDの"up"と"down"の比率とフーリンによるSD2ドメインの切断は共役しており、RBDとSD2ドメインの間のアロステリックな相互作用が存在する。
  • SD2が、大きくコンフォメーションを変化させることが可能なSタンパク質のRBDドメインとNTD (N末端ドメイン)を係留することで、S1サブユニットの大きな動きをS2から遮断していることが示唆される。
  • 本研究では、Sタンパク質のコンフォメーションを受容体に結合する前の状態に安定化するためにSタンパク質のS2ドメインに導入されてきた2つのプロリン (P986とP987)が、Sタンパク質の構造、安定性または抗原性に影響を及ぼさないことに加え、SARS-CoV-2は他のコロナウイルスと異なり、プロリンを導入しなくても、受容体結合前のコンフォメーションを維持することも確認した。
2020-12-20 日本の国立感染症研究所が12月11日公表した新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査報告で、「日本での流行株のほとんどが欧州系統由来のD614G変異を帯びている」と述べた [crisp_bio 2020-12-20 感染研の4/8/10月の解析から, 国内感染は東京から全国へと広がった可能性が高まってきた ]。

2020-12-18 "2020-11-14 追記" の項で引用したUiversity of North Carolina at Chapel Hili, University of Wisconsin, Madison, 感染研, 東大医科研感染研, 東大医科研などによるScinece オンライン論文が冊子体版で出版された。
[出典] "SARS-CoV-2 D614G variant exhibits efficient replication ex vivo and transmission in vivo" Hou YJ, Chiba S [..] Kawaoka Y, Baric RS. Science. 2020-11-12 > Science 18 Dec 2020: 370 (6523), pp. 1464-1468. https://doi.org/10.1126/science.abe8499

2020-12-02
D614GがSARS-CoV-2の感染性を高めたエビデンスは無い (crisp_bio 2020-12-02)とするNat Commun論文が2020-11-25に刊行された。

2020-12-01
Cell誌への https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.11.020 を介したアクセスを確認 

2020-11-20 7:38 am 修正
Cell Accepted 2020-11-11 (https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.11.020)への接続が不調なため、代替サイトへのリンクに暫定的に変更; Cell誌投稿に先立つmedRxiv 2020-09-01投稿版はこちらから

2020-11-19 追記
英国に広がったSARS-CoV-2の614D株と614G株の比較解析
[出典] "Evaluating the effects of SARS-CoV-2 Spike mutation D614G on transmissibility and pathogenicity" Volz E [..] Rambaut A, Connor TR. Publsihed 2020-11-18

 Imperial College London, University of Edinburgh, Cardiff Universityなどの英国の研究グループは今回、英国内でのSARS-CoV-2の種々の株の広がりを解析することで、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質に見られる614Dから614Gへの変異 (以下、D614G)の意味を探った。

D614Gについて蓄積されてきた知見 [カギカッコ内はCell論文が引用している文献]
  • D614Gは、SARS-CoV.2のB.1系譜に見られる (https://cov-lineages.org/lineages/lineage_B.1.html)
  • D614Gによってin vitroでの感染性が高まる [Korber et al., 2020; Yurkovetskiy et al.; Zhang et al., 2020]
  • D614Gによって、スパイクタンパク質の受容体結合部位が、ヒト細胞受容体ACE2との結合および融合しやすいコンフォメーションに変化する [Yurkovetskiy et al.]
  • パンデミック初期に614Dが報告されていたが時間が経過するとともに614Gが優勢になってきた地域が存在する [Furuyama et al., 2020; Korber et al., 2020]
  • 流行しているSARS-CoV-2株のcDNAsクローンの動物モデルでの実験で、D614Gの上気道での複製 [Pante et al., 2020)と伝播 [Hou et al., 2020]亢進が見られた。
  • 疫学的にもD614Gに依存する上気道でのウイルス量レベルの高さが見られた [Lorenzo-Redondo et al., Wölfel et al., 2020]
これまでの報告で留意すべき点
  • シュードタイプウイルスのin vitro実験の結果とモデル動物でのin vitro実験は、必ずしも、SARS-CoV-2ヒトからヒトへの感染力や伝播性を反映しない。
  • 各国でのSARS-CoV-2データベースは統計解析には小規模過ぎ、地球規模で蓄積されたデータは大規模ではあるが、サンプリングの仕方や配列データに付されたメタデータが不均一であるため、精密な解析に向かない。
  • 精密が安定した解析には、一定規模の集団における614Dと614Gがそれそれの広がりを追跡することが必要である。
英国の状況
  • 英国におけるエピデミックの当初からCoV-UK (The COVID-19 Genomics UK (COG-UK) consortium, 2020)が稼働し6ヶ月のうちに> 40,000件のSARS-CoV-2配列を蓄積し、また、検体採取、バイオインフォマティクスと実験法、およびメタデータの標準化を促進してきたことから、大規模で高精度なデータセットを構築するに至った。
  • 英国のエピデミックは、SARS-CoV-2が世界各地から繰り返し持ち込まれた結果であり、614Dまたは614Gを帯びた系譜のSARS-CoV-2を多数含んでいた。
英国データの解析結果
  • 1月29日から6月16日の間に重複を除いた上で614Gと614Dの全ゲノム配列データそれぞれ21,231件と5,755件を同定した。このデータから10人以上の感染者からなるクラスターを、614Gと614Dそれぞれ234件と62件同定し、614Gのクラスターがより拡大したことが明らかになった。
  • 614Gのクラスターは614Dから平均して16日遅れて出現し、3月下旬に大勢を占めるようになった。
  • 臨床データと配列データを統合解析したところ、614G感染者が614D感染者よりも死亡率が高いあるいは重症化しやすいという明確な傾向は見られなかったが、614Gとウイルス量レベルの高さおよび若年層との相関が見られた。
2020-11-14 追記
 SARS-CoV-2のSタンパク質のD614G変異の作用について、University of North Carolina at Chapel Hili, University of Wisconsin, Madison, 感染研, 東大医科研の研究グループはヒト初代気道上皮細胞, ヒトACE2発現トランスジェニックマウスとハムスターへの野生型と変異型の感染実験に基づいて「D614G変異は新型コロナウイルスの増殖能力と伝播能力を高める一方で、重症化を招かず野生型SARS-CoV-2と同様に回復期患者血清で中和される」とScience誌に発表した。Sタンパク質のD614G変異がSARS-CoV-2の感染性を高めるが病原性には影響しないという点は、これまでの知見と整合する結果であった。
[出典] "SARS-CoV-2 D614G variant exhibits efficient replication ex vivo and transmission in vivo" Hou YJ, Chiba S [..] Kawaoka Y, Baric RS. Science. 2020-11-12 > Science 18 Dec 2020: 370 (6523), pp. 1464-1468. https://doi.org/10.1126/science.abe8499

2020-10-31
追記
「スパイクタンパク質のD614GはSARS-CoV-2の適応度 (フィットネス)を左右する」
[出典] "Spike mutation D614G alters SARS-CoV-2 fitness" Plante JA, Liu Y, Liu J [..] Xie X, Plante KS, Weaver SC, Shi PY. Nature 2020-10-26 (bioRxiv. 2020-09-02)
 University of Texas Medical Branchを主として University of Texas Health Science Center at HoustonとGilead Sciencesも加わった研究グループは今回、SARS-CoV-2 USA-WA1/2020株にD614G変異を導入し、ヒト細胞と組織およびハムスターモデルにおいて、ウイルスの蔓延とワクチンの有効性への影響を探った
  • D614G変異は、ヒト肺上皮細胞 (Calu-3細胞株)とヒト初代 (primary)気道組織において、ウイルス粒子の感染性と安定性と相関してウイルスの複製を著しく (dramatic; ~13.9倍)亢進した。
  • ハムスター感染実験では、G614変異株感染が鼻洗浄液と気管での感染力価を高めたが、肺での感染力価上昇は認められず、体重や症状とは相関しなかった。この結果は、D614G変異を帯びたCOVID-19患者の上気道でのウイルス量が高いが重症度とは相関しないという臨床データと整合し、D614G変異はもっぱら伝播力を高めることが示唆された。
  • D614感染ハムスターの血清の中和抗体力価が、D614ウイルスよりもG614ウイルスに対してやや高い (modestly higher)ことが見いだされた。これは「直感」に反する結果とも言えるが、D614Gがスパイクタンパク質三量体のACE2結合ドメイン (RBD)を開口させる ('up')ことから理解できる 。
  • これは, (i) D614G変異がCOVID-19ワクチンの効果を損なわない可能性と (ii) COVID-19抗体薬の評価をG614変異ウイルスで行う必要性を示唆する。
  • [crisp_bio注] 2020-07-24に紹介したCell 文は、「RBDを標的とする抗体はD614G変異ウイルスを強力に(potently)中和する ("D614G is potently neutralized by antibodies targeting the receptor-binding domain")」としている。Nature論文では、シュードタイプウイルスでの実験とSARS-CoV-2そのものでの実験の差異に言及している。
2020-09-16 更新
Cell 論文へのリンクを追加 (HighlightsとSummaryを読んだ限りでは「Sタンパク質のD614G変異は、Sタンパク質のACE2に結合・融合しやすい構造を誘導し感染性を高めるが、Sタンパク質のACE2への結合ドメイン (RBD)を標的とする中和抗体に対する感受性を変えることはない」という主要な結論はbioRxiv投稿と一貫していた).

2020-07-24
 初稿 YurkovetskiyらのbioRxiv投稿に基づくブログ記事初稿
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[出典] Structural and Functional Analysis of the D614G SARS-CoV-2 Spike Protein Variant. Yurkovetskiy L, Wang X [..] Sabeti PC, Kyratsous CA, Dudkina N, Shen K, Luban J. bioRxiv 2020-07-16 (査読なし投稿) >  Cell 2020-09-15
[構造情報] EMD-22301/PDB-6XS6 SARS-CoV-2 Spike D614G variant, minus RBD (解像度3.7 Å)

 新型コロナウイルスのスパイク(S)タンパク質の変異体S (D614G)が、世界中の各地域で、新型コロナウイルスが初めて侵入してから2~3ヶ月でその地域の新型コロナウイルスの大勢を占めることが指摘され [1]、また、感染性が高いことが示唆されている [2]。UMMS, Thermo Fisher Scientific, Regeneron Pharmaceutical, Broad Instituteなどの研究グループは今回、改めて、ゲノムデータからのSNPs同定から始めて、速度論的解析や構造解析を重ねて、D614G変異が感染性を高める構造基盤を明らかにした。
  • 2020年6月25日にGISAIDからダウンロードした配列データの解析から、12,379SNPsを同定し、そのうち6,077SNPsは一例だけであり、高頻度に見られるSNPsは4種類であった。そのうちの一つがD614Gであった。
  • Sタンパク質の感染性がD614G変異によって高まっていることを、ヒトの肺細胞、大腸細胞および様々な哺乳類*に由来するACE2オーソログタンパク質を異所発現させ新型コロナウイルスの感染に寛容にした細胞において、確認した。
    [*マレーセンザンコウ, ブタ, ネコ, イヌ; ラットとマウス由来細胞においてはS(D614)の感染性がバックグランドに埋もれてしまう程度だったため定量的解析を実現できなかったが、S(D614G)が感染性を示すことは確認できた]。
  • D614GはSタンパク質のACE2受容体結合ドメイン (RBD)の外に位置しているが、D614G変異によって、Sタンパク質のACE2への結合親和性が低下することを見出した。また、この結合親和性の低下が、ACE2からの解離速度の上昇によってもたらされることを同定した。
     表面プラズモン共鳴 (SPR)法による測定から、25°Cでは、ACE2に対するS(D614G)の結合速度はS(D614)と同程度であったが、解離速度は4倍に達し、これが結合親和性を5.7分の1まで低下させた。また、37°Cでは、結合速度がS(D614)より遅くなり、解離速度はS(D614)より速く、25°Cの場合と同様に結合親和性が5分の1まで低下した。
  • クライオ電顕単粒子再構成法で明らかにしたS(D614G)構造と既報のS(D614)の構造を重ね合わせると、Sタンパク質のS2サブユニットは良く重なった。一方でS1サブユニットはS(D614G)とS(D614)の間のコンフォメーションの違いが見えてきた。
     D614は三量体のうち隣り合う2つのプロトマー間の界面に位置し、その側鎖が隣のプロトマーのThr859と水素結合を形成している。D614Gの変異は第1に、Thr859との水素結合を壊し三量体を不安定にする。すなわち、D614Gは、2つのプロトマーを固定するD614のラッチを緩めることになる。第2に、G (グリシン)のバックボーンのアミンが同じプロトマー内のAla647のカルボキシル基との水素結合を3.4 Åから2.7 Åへと縮めて両者の結合を強め、S1ユニットのC末端ドメインを安定にする。
  • この結果、S(D614G)は、そのRBDがACE2に結合可能になる開口したコンフォメーションを取る傾向をS(D614)から著しく強め、感染性を高めることが示唆された
  • また、この開口したコンフォメーションに整合して、S(D614G)のSタンパク質のACE2結合ドメインを標的とする中和抗体への感受性には変化が見られなかった
  • [参考] 下図は、PDBjのブラウザー万見をリンクを介してクライオ電顕法で再構成された構造を参照した結果
 D614G変異は、ウイルス粒子の膜とヒト細胞膜との融合をより促進する方向に作用するが、RBDを標的とする中和抗体のように新型コロナウイルスとACE2受容体との相互作用を破壊する療法が有効であることが示唆される。

[参考crisp_bio記事]
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