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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

2020-09-14 追記
  • アストラゼネカ, 「第三者委員会での評価を受けた英国・医薬品・医療製品規制庁 (Medicines Health Regulatory Authority: MHRA) の承認を得て、AZD1222の治験を再開」と発表 [出典: AstraZeneca "COVID-19 vaccine AZD1222 clinical trials resumed in the UK" 2020-09-12]
  • ロシアのGamaleya研究センターのCOVID-19ワクチンSputnik V (2種類のアデノウイルス, rAd26-SとrAd5-S, を使って2回接種) は、第3相試験の結果を待たず接種を開始し物議を醸しているが, 2020年9月4日にランセット誌に発表された第1/2相試験報告にあるデータに対して疑義が呈されている [出典 Commentary: The Russian Vaccine Data. Lowe D. Science Translational Medicine (blog) 2020-09-09
2020-09-10 追記 STATNewsに続く、NYT, FT, BBCなどの報道によると、オックスフォード大学/アストラゼネカのAZD1222第3相試験の一時停止transverse myelitis (横断性脊髄炎)発生に因るもので、一時停止は4月に初めてヒトに接種して以来2回目とのこと。
2020-09-09 ワクチン開発企業9社のCEO, ワクチン開発から申請まで「科学と倫理に基づいて進める」と誓約: "crisp_bio 2020-09-09 新型コロナウイルス: ワクチン開発にあたり9社のCEOが誓ったこと"参照

2020-09-09 オックスフォード大学/アストラゼネカのAZD1222の米国での第3相試験一時停止
[出典] "AstraZeneca Covid-19 vaccine study put on hold due to suspected adverse reaction in participant in the U.K." Robbins R, Feuerstein A, Branswell H. STAT News 2020-09-08.
 アストラゼネカは2020年9月4日に、18歳以上の被験者約250名を対象とする新型コロナウイルスワクチンAZD1222の日本における第I/II相臨床試験を実施すると発表した
 一方で、STATNewsは2020年9月8日、「英国での第III試験において有害事象 (Adverse Event)が一例発生したため、8月末から始まっていた米国での治験が一時停止された」と報じた。
 有害事象の内容は明らかにされていないが、治験の一時停止はアストラゼネカ社の自主的判断とされている。また、有害事象の発生により治験の一時停止はよくあることであり、
今回の有害事象の評価を経て治験は再開されると、見られている。
 いずれにしても、膨大な健常人 [*]に接種されるワクチンの認証には大規模な第3相試験で安全性と有効性が実証されることが前提であり、これは、アストラゼネカのプレスリリースを伴っていない報道であるが、アストラゼネカの製薬企業としての矜持を示すエピソードになる  [* 仮に、重篤な有害事象の発生率を0.1% (1,000人の治験で1例, 10万人の治験で10例)の場合、日本の総人口1.27億人に接種すると1万人以上に重篤な副作用が発生するリスクがある]

2020-09-06 ワクチン製造企業、FDAからの早期承認圧力に抵抗する模様
[出典] Vaccine Makers Plan Public Stance to Counter Pressure on FDA. Langreth R. Bloomberg 2020-09-05.
ファイザー, モデルナ (Moderna), サノフィ, ジョンソン&ジョンソン、グラクソ・スミスクラインは、科学的に安全性と有効性を確認できない限り、FDAに新型コロナウイルスの審査を求めない声明を7日からの週に発表する模様と、Bloombergが報道した。
[注] 新型コロナウイルスのパンデミックの中で、FDAは有効性が証明されていない薬剤の緊急使用を繰り返し、信頼性を自ら損なってきていた。また、米政権は11月3日までの接種可能になるとするメッセージを繰り返している。
2020-08-24 回復期患者血漿 (convalescent plasma)のFDA緊急使用許可に関するブログ記事へのリンクを追加: 2020-08-24 新型コロナウイルス:米国FDA,回復期患者血漿の緊急使用許可
2020-08-22 初稿

[出典] EDITORIAL: A dangerous rush for vaccines. Thorp HH. Science 2020-08-21. https://dx.doi.org/10.1126/science.abe3147

 科学と政治の間の亀裂が拡がっている。ロシアのプーチン大統領はワクチン接種を開始すると発言し、米国トランプ大統領は大統領選挙日の11月3日より前に接種を始められるであろうと発言した。プーチン大統領はスプートニクの例を引いたが、ワクチン接種の先陣争いは危険な発想である。ワクチンの安全性と有効性を確認するための治験を飛ばすことは、短期的には数百万人の命を危険に晒し、長期的にはワクチンと科学に対する信頼性を損なうに至る

 ロシアのワクチンについては情報が全く公開されていないまま、政治家が喧伝しているだけである。米国では、研究者に対する政府機関からの圧力が増し、あからさまに、政権から批判され口を封じられて (quieted)いる。米国における感染症に関する第一人者でありホワイトハウスのコロナウイルス・タスク・フォースのメンバーであるAnthony Fauciは、明確に物事を語ろうとする人物であるが、大統領やホワイトハウス顧問のPeter Navarroからの沈黙への圧力や公然とした誹謗 (outright abuse)に晒されている (彼自身と家族に対する恥ずべき暴力的な脅し*は論外である)。
[*] Fauci Reveals He Has Received Death Threats And His Daughters Have Been Harassed. Stain R. NPR 2020-08-05.  [NRP: National Public Radio/ナショナル・パプリック・ラジオ]

 感染症の研究と対策に携わっている世界中の疫学者の大多数が、全ての医薬品の承認にランダム化比較試験 (第3相試験)を大前提としているが、中でも、健常人に接種するワクチンには必須としている。この試験では、ワクチンを接種したグループと、無害・無効な偽薬を接種したグループの間の比較をする。現在、有力なワクチン候補について~30,000人を対象として第3相試験進められているが [**]、偽薬を接種されたグループが感染するまで継続されることで、有効性について信頼できる判定が可能になる。これに要する期間は予測不可能である。健常人に実際に接種することになる臨床医はこの第3相試験からのデータを必要としている。
[**] crisp_bio [20200728更新] 新型コロナウイルス, モデルナ (Moderna) のmRNAワクチン第3相試験へ

 第3相試験を経ないCOVID-19ワクチンの緊急使用を認めることのないよう確認しておきたい。これまでに緊急使用が認められた例は、バイオテロの予告に伴う炭疽菌に対するワクチンが唯一である。いずれにしても、米国の科学コミュニティーは、緊急使用の判断は然るべき組織、米国FDAのワクチンおよび関連するバイオ製剤諮問委員会 (Vaccines and Related Biological Products Advisory Committee)、と協議の上判断するよう、主張し続けるべきであり、国際的にも、そうした科学的判断のもとでワクチンの接種が進められるべきである。

 米国における拙速なワクチンの承認は、ヒドロキシクロロキンの大失態 (fiasco)の二の舞を演じることになり、しかも、その影響は比較にならないほど甚大になろう。しかし、米国(または他国)にて、有害または無効なワクチンが、これまではワクチンに対する恐怖を煽ってきた政治勢力からの圧力で、承認される可能性がある。

 米国では、NIH所長のFrancis Collinsは、ワクチンの第3相試験を断固として主張し、FDA所長のStephen Hahnは、科学に基づいて判断するとしている。Hahnは、COVID-19に対するヒドロキシクロロキンの緊急使用を承認する誤りを犯したが、ランダム化比較試験からのCOVID-19には無効であるというデータを見て、承認を取り消した。Hahnがデータに従って判断していく限り、米国の科学コミュニティーは彼を支持すべきである。
 
 CDC所長のRobert Redfield、ホワイトハウスのコロナウイルス・タスクフォースのコーディネータDeborah Birx、および保健次官補Brett Giroirは、COVID-19ワクチンすべてについて、第3相ランダム化比較試験に'全てのチップを掛ける'べきである。彼らには蠢動や曖昧さが垣間見られることがあるが、科学を尊重している限り、彼らは支持に値しまた支持を必要としている。

 無数の命がかかっているワクチンに、妥協の余地は無い。
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