2021-01-17 本ブログ記事の初稿で紹介したbioRxiv投稿が査読付き学術誌Journal of Experimental Medicineから出版された: "Neuroinvasion of SARS-CoV-2 in human and mouse brain" JEM 2021-01-12. https://doi.org/10.1084/jem.20202135
  • タイトルは同一で、アブストラクトの変更も文章表現上の変更に留まっている。
  • ブログタイトルを,「新型コロナウイルスは神経細胞にも浸潤する」から「新型コロナウイルスはマウスとヒトの脳神経細胞にも侵襲する」に改訂しGraphical Abstractとヒト脳における神経侵襲のエビデンスとなる図を追加した。ただし、テキストはbioRxiv 投稿準拠のまま。
  • 後遺症の中には感覚や心に関わる症状も見られるとされている。
2021-01-122020-12-19 新型コロナウイルスのスパイク (S)タンパク質のサブユニットS1が、マウスでは、血液脳関門 (Blood-brain barrier: BBB)を超えて脳に到達することを報告した論文へのリンクと書誌情報を追記した:
[出典] "The S1 protein of SARS-CoV-2 crosses the blood-brain barrier in mice" Rhea EM [..] Banks WA, Erickson MA. Nat Neurosci. 2020-12-16. https://doi.org/10.1038/s41593-020-00771-8

 SARS-CoV-2の脳への感染については、本ブログ記事初稿にあったように、イエール大学の岩崎明子教授が率いる研究グループが、ヒト脳オルガノイド, モデルマウス in vivo, ならびにCOVID-19患者脳検体にて検証・確認し、9月24日にbioRxivに投稿していた。

 Veterans Affairs Puget Sound Health Care System/UW School of MedicineにOregon Health & Science Uが加わった研究グループが今回、モデルマウスにおいて、SARS-CoV-2のスパイク (S)タンパク質のサブユニットのうちヒト細胞の受容体ACE2に結合するS1サブユニットが、BBBを超えて脳に到達することを同定し、「SARS-CoV-2のS1タンパク質は吸着介在性トランスサイトーシス(adsorptive-mediated transcytosis: AMT)に似た機構で、マウスBBBを超えて脳に浸透し、ヒトACE2には非依存で脳細胞に取り込まれる」とした。
ただし、
  • SARS-CoV-2のSタンパク質はウイルス粒子上では三量体を形成しており、SARS-CoV-2からスパイクタンパク質そしてまたはそのサブユニット (S1またはS2)が分泌されるエビデンスは無い [岩崎投稿では、COVID-19患者脳検体においてスパイクタンパク質を検出している]。したがって、S1をSARS-CoV-2のBBBを超えて脳への感染のモデルについての妥当性を、さらに検証する必要がある。
  • ヒトiP細胞から誘導した脳微小血管内皮細胞様細胞 (iPSC-derived brain  endothelial-like  cells: iBECs)におけるヒトBBBモデルin vitroでは、S1のBBB通過は見られなかった。この結果は、バッファー内の機能性分子が輸送を阻害する、iBECsがS1の輸送に必要な糖タンパク質を発現してない、そしてまたは、S1がBBBを通過できない、可能性を意味する。
2020-09-24 16:00 追加修正 神経障害に関するNews Feature記事と論文の書誌事項 [5]を追加し、参考資料のナンバリングを改訂

初稿 --------------------------------
[出典]  "Neuroinvasion of SARS-CoV-2 in human and mouse brain" Song E, Zhang C [..] Bilguvar K, Iwasaki A. bioRxiv 2020-09-08. [Preprint] 

背景
  • SARS-CoV-2はその表面に突き出しているスパイクタンパク質を介してヒト細胞表面の受容体ACE2 [1]に結合し、細胞に接着し、宿主因子を利用して細胞へと侵入する。
  • このACE2は肺だけでなく、心臓血管系、消化器系、腎臓などで発現することが知られていた。
  • ACE2発現の多臓器分布と符合するかのように、COVID-19における多臓器障害が、SARS-CoV-2感染が拡がる早期から臨床的に認められてきた。例えば、3月には"COVID-19と心臓血管系 (COVID-19 and the cardiovascular) "と題するコメントがNature Reviews Cardiologyに発表 [2]され、あるいは、6月には気管, 肺, 血管, 腎臓, 肝臓, 腸のオルガノイドをプラットフォームとした多臓器障害研究のニュースがNatureに掲載 [3]された。
  • [注1] SARS-CoV-2の直接感染を会した障害と間接的障害がからみあった心臓障害について、Nature 2020-09-23にPerspective [4]が掲載されている [挿入図 Damaging the heart参照]。
    [注2] 神経障害についても、Nature誌のNews Feature (2020-09-15)で取り上げられた [5]
研究成果概要 2021-01-17 8.48.14

 イエール大学免疫学部の岩崎明子教授 [6]が率いる研究グループは今回、SARS-CoV-2の脳への感染とその影響を3種類のプラットフォームで実験検証し、SARAS-CoV2は神経細胞に直接感染するとした
[JEM 論文のGraphical Abstractを引用した右図参照]

ヒト脳オルガノイドにて
  • 健常なヒト由来iPS細胞から、前脳特異的な神経前駆細胞と、脳オルガノイドを、誘導した。
  • 2次元の神経前駆細胞層においても3次元の脳オルガノイドにおいても、SARS-CoV-2の神経細胞への感染と増殖および細胞死が誘導されることを確認した。
  • 感染がもたらすヒト細胞の遺伝子発現プロファイルと代謝系の変化を同定した。タイプIインターフェロンの応答の確証は得られなかった。
  • ACE2に対する抗体、または、COVID-19患者からの脳脊髄液が、神経細胞を感染から防御することも確認した。
モデルマウスin vivoにて
  • ヒトACE2を過剰発現させたトランスジェニックマウスにおいて、鼻腔内投与したSARS-CoV-2の神経向性、濃度は均一ではないが脳ほぼ全域への拡がり、および、血管系の再構成を認めた。
  • ヒトACE2をアデノ随伴ウイルスベクターをキャリアとして、気管内投与と脳槽内投与を介してそれぞれ肺と脳で発現させ、SARS-CoV-2をそれぞれ鼻腔内投与または脳室内投与した。肺感染マウスは肺に症状が見られたが、体重の減少または死亡に至らなかった一方で、脳感染マウスは、鼻腔内投与の100分の1のレベルのSARS-CoV-2投与でも、著しく体重が減少し死亡した。
  • 以上から、SARS-CoV-2がヒトACE2を発現したマウス中枢神経系に感染・増殖し、致死性である可能性があると判断した。
スクリーンショット 2021-01-17 8.48.42COVID-19患者脳検体にて [JEM論文のFigure 8を和訳引用した右図参照]
  • 死亡した3名の患者の病理検体からSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を検出し、虚血性を含む、3名の臨床症状と組織学的な病理学的特徴との相関を認めた。
  • 検出された領域には、リンパ球または白血球の浸潤が見られなかった。この現象は、その感染がT細胞を含む免疫細胞浸潤を伴うことが知られている他の神経向性ウイルス (ジカウイリス, 狂犬病ウイルス, ヘルペスウイルス)では見られないSARS-CoV-2に特有の現象である。
[参考crisp_bio記事, 論文とYouTube動画]
  1. ACE2の標的化 - COVID-19の細胞への侵入を防ぐ. アンジェラ・ジョウ. CAS: Where Science and Strategy Converge. 2020-04-16
  2. COVID-19 and the cardiovascular system. Zheng YY, Ma YT, Zhang JY, Xie X. Nat Rev Cardiol. 2020-03-05
  3. 2020-07-18 新型コロナウイルスがヒトの各器官に与える損傷を、ヒトの気管, 肺, 血管, 腎臓, 肝臓, 腸のオルガノイドで見た
  4. [PERSPECTIVE] COVID-19 can affect the heart. Topol E. J. Science 2020-09-23
  5. [NEWS FEATURE] "How COVID-19 can damage the brain" Marshall M. Nature 2020-09-15; "The emerging spectrum of COVID-19 neurology: clinical, radiological and laboratory findings" Paterson RW [..]  Zandi MS. Brain. 2020-07-08.
  6. YouTubeビデオ: 疫学が専門でない方々に向けて「免疫システム入門編-日本語版」岩崎明子.