crisp_bio

科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

[出典] Commentary "Why and How Vaccines Work" Iwasaki A, Omer SB (Yale U. School of Medicine). Cell 2020-10-15

はじめに
  • ワクチンによって1924年から2010年までの間に1億例を超える小児疾患が予防されたとされている。中でも、20世紀だけで3億人を死に至らしめた天然痘の絶滅は、ワクチン学の金字塔である。これは1980年のことであった。
  • その後、ウイルスと病原菌に因る多くの感染症を予防するワクチンが実現し、また、寄生虫に対するワクチンの研究開発も進んでいる。
  • ワクチンはまた大きな経済効果をもたらしてきた。ワクチンによって子供たちが健康に成長し社会に貢献することで、1ドルのワクチン投資が44ドルを生み出すと言われている。
  • 2020年、我々は100年に1度のパンデミックの只中に居る。今回、ワクチン学の誕生と進化、ワクチンがもたらした社会変革、ワクチン研究開発の動向、残されている課題、および、将来展望を論じる。
ワクチン学の進化
[
Figure 1に、1920年代からCOVID-19の2020年に至るまで感染症とワクチン開発の年表がまとめられている]
  • エドワード・ジェナーが1798年に出版した"An Inquiry into the Causes and Effects of the Variolae Vaccinae"がワクチン学の始まりであるが、それ以前から、中国, インド, およびトルコでは、天然痘患者から健常者へ組織の一部を接種する人痘接種法が数世紀にわたり行われていた。西欧でも今で言う牛痘接種法が18世紀から経験的に行われていたが、ジェナーに先立つこと4半世紀、英国イェットミンスターのBenjamin Jesty が、初めて意図的に行ったとされている。
  • ヒトの疫を免れる反応 '免疫応答' を引き出すワクチンの研究の近代化はルイ・パスツールから始まった。1879/1880年に研究室内で、ニワトリからニワトリコレラ・ワクチンを作出し、それから5年後には狂犬病ワクチンを作出した。
  • ワクチン学の次のステージは、米国のDaniel Elmer Salmon (サルモネラ菌は、彼にちなんで命名された)とTheobald Smithが、不活性化 (killed)した病原体からワクチンを作出したことから開け、19世紀の末までに、パスツール, Salmon, Smithらが開発した手法をベースとして腸チフス, コレラ, およびペストに対するワクチンが開発された。
  • 20世紀に入り、インフルエンザウイルスからロタウイルスまで感染症を予防するワクチンが多数開発された。20世紀のワクチンは、生ワクチン (免疫応答を誘導するが、ヒトに接種しても安全なレベルまで病原性を抑制したワクチン), 不活性化ワクチン (ヒトの免疫応答を誘導するが、病原性を全く示さない成分からなるワクチン), および、サブユニットワクチン (subunit vaccines)に分類される。サブユニットワクチンは、ヒトの免疫応答を誘導するウイルスや病原菌それぞれに特異的な一部(サブユニット)である '抗原' (タンパク質、多糖類またはその複合体)を含んでいる。
  • 1986年には遺伝子工学によってB型肝炎ウイルスの表面抗原の組換えワクチンが初めて樹立されたが、その後も経験的な開発が続いていたところ、近年、シーケンシング技術とバイオインフォマティクスの普及に伴っていわゆる"合理的 (rational)"設計への注目が高まってきた。
アジュバント (adjuvants)の歴史
[注] アジュバント (adjuvants)は"助ける"を意味するラテン語'adjuvare'に由来する
  • 生ワクチンは長期間安定した免疫応答を誘導するが、不活性化ワクチンとサブユニットワクチンが誘導する免疫応答は弱くまた短期的であった。
  • 後にパスツール研究所長となるGaston Ramonは、ウマにワクチンを接種した際に、接種ヵ所に炎症が発生すると強い免疫応答が誘導されることに気付き、ある種の添加物 (タピオカ, 寒天, パンくずなど)がワクチンの効果を高めることを発見した。
  • こうした観察がワクチンの効果を高めるアジュバントの確立につながった。1926年、ジフテリアのトキソイド (ホルマリンで無毒化した毒素)にアルミニウム塩を添加することで、免疫応答が著しく強化されることが報告された。それ以来、アジュバントの作用の分子機構が明らかになるまで長年、専らアルミニウム塩がワクチンのアジュバントして利用されてきた。
アジュバントの科学
  • 今では、生ワクチンと不活性化ワクチンについてもある程度、抗原と天然のアジュバントを介して免疫応答を誘導することが分かっている。
  • 抗原は、特定の病原体に対して特異的な獲得免疫応答 (adaptive immune response)を誘導する。アジュバントは、病原体特有の構成成分 (pathogen-associated molecular patterns: PAMPs)を認識するヒト免疫細胞のパターン認識受容体 (pattern recognition receptors: PRRs)を介して、自然免疫システム (innate immune system)を起動する。
  • アジュバントはどのようにしてワクチンの効果を高めるのか、その仕組は1997年に明らかにされた。獲得免疫応答の活性化に必要なシグナルが、PAMPs-PRRsを介した自然免疫システムの活性化によって生成されていたのである。
  • さらに、樹状細胞がアジュバントが機能する鍵であることも明らかにされた。樹状細胞は多様なPRRsを発現し、流入領域リンパ節 (draining lymph node)へと移動し、このリンパ節において、獲得免疫システムのリンパ球が、病原体に応じた機能を発揮するに至る。
  • アジュバントが作用する仕組みが明らかになったことで、アジュバントの設計が可能になり、アルミニウム塩 (Alum) に加えて、PRRsの一種であるTol様受容体 (Toll-like receptors: TLRs)と同様の作用を示すTLRアゴニストを始めとする多数のアジュバントが利用に供されている [Figure 1*の右端のカラム参照]。SARS-CoV-2ワクチン開発においても、Alumを含むさまざまなアジュバントが臨床試験で利用されている。
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット