[出典] "Mapping the Degradable Kinome Provides a Resource for Expedited Degrader Development" Donovan KA, Ferguson FM [..] Sim T, Gray NS, Fischer ES. Cell 2020-12-03. https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.038

 変異タンパク質を標的とする創薬の戦略として、標的タンパク質を分解する手法 (Targeted Protein Degradation/TPD; Nat Rev Drug Discov, 2019) が、これまでの活性阻害剤の限界を突破する手法として注目を集めている。

 TPDは、標的タンパク質 (protein of interest: POI)に"degrader (以下、分解因子)"を介してE3リガーゼ複合体を結合することで、標的タンパク質を細胞内在のプロテアソーム分解系に誘導し、分解する手法である。POIリガンド, リンカー, およびE3リガンドからなる合成分解因子は、PROTAC (PROteolysis TArgeting Chimeras/タンパク質分解誘導キメラタンパク質)と呼ばれている。これまでに、TPD可能なタンパク質として60種類余りが報告されている。

 Dana-Farber Cancer InstituteにYonsei University College of MedicineやShanghai Institute of Organic Chemistryなどが加わった研究グループは今回、POIとして、そのタンパク質ファミリーのサイズ、バインダーのデータの蓄積、及び、臨床応用の可能性の観点からキナーゼを選択した。FDAはこれまでに52種類のキナーゼ阻害剤を承認し (2020年1月1日時点)、175種類を超えるキナーゼ阻害剤の臨床研究が進んでいる。しかし、
キナーゼ阻害剤には耐性克服が課題となっており、また、何よりも、分解可能なキナーゼはヒトキノームの僅か7%に留まっている。

 研究グループは、分解因子のライブラリーと質量分析をベースとする定量的プロテオミクスを介して、分解可能なキノーム (kinome)を、 生体系における低分子とタンパク質の相互作用を網羅的に解析するケモプロテオミクス (chemo-proteomics)によって同定し [*]、WebサイトFischer Lab’s Proteomics Database (https://proteomics.fischerlab.org/)から公開した (利用者登録が必要)。[*] 論文グラフィカルアブストラクト参照
  • 514種類と言われているヒト・キナーゼの中で、創薬のリード化合物候補にもなる分解因子91種類によって分解可能な212種類のキナーゼを同定し、分解因子と分解可能キナーゼのデータベースを構築した。
  • データベースには、これまで解析が進んでいなかった16種類のキナーゼに対する分解因子も含まれている。その中には、CDK17を強力かつ選択的に分解する2種類の分解因子が含まれており、CDK17に対するリガンドは、BRAF V600E変異阻害剤であり悪性メラノーマの治療薬として承認されているダブラフェニブであった。ダブラフェニブはこれまで、BRAF選択的阻害剤とされており、CDK17選択的TPD創薬のリード化合物候補として上がってくることは想像を超えていた。
  • 今回蓄積したデーから、これまでのTPDの仮説を否定する結果も得た。すなわち、POIへの結合親和性が高い分解因子や、安定した三者 (POI/分解因子/E3リガーゼ)複合体形成、POIの濃度レベルからは分解因子のPOI分解活性を予測できないことが明らかになった。
  • リンカーの設計がPOI分解活性に重要であり、また、ほとんどのキナーゼのTPDに、複合体からタンパク質を巻き戻す機能を帯びているp97が必須であることも見出した。
 今回蓄積されたデータは、これまでの経験的な分解因子の設計を、合理的な設計へと進化させていく情報資源となる。

 [参考: キノームとPROTACに関連するcrisp_bio記事]
  • crisp_bio 2020-07-28 未開のヒト・キノームを開拓する (その1) - 包括的キナーゼ相互作用ネットワーク
  • crisp_bio 2020-07-28 未開のヒト・キノームを開拓する (その2) - 'dark'キノームが研究と治療の幅を拡げる
  • crisp_bio 2019-04-01 PROTACs:アンドラッガブルなタンパク質には阻害よりも分解
  • crisp_bio 2020-05-22 Ab-PROTAC: 抗体を利用して細胞型特異的なPROTACを実現した
  • crisp_bio 2020-06-08 阻害より分解:ありふれたキナーゼ阻害剤を標的タンパク質分解誘導剤に豹変させる技成るか
  • crisp_bio 2020-08-03 PHOTAC: PROTACに光スイッチを組込み光によるタンパク質分解の時空間制御を実現