[注] 2021年2月18日にCell誌から刊行された2論文について、主として、それらにスポットライトをあてたCell 誌Spotlight記事に準じて紹介

[出典] SPOTLIGHT "CRISPR base editor screens identify variant function at scale" Parrish PCR, Berger AH. Mol Cell. 2021-02-18. https://doi.org/10.1016/j.molcel.2021.01.036

 2003年のHuman Genome Projectの目的達成以来、ゲノム配列の決定と遺伝的変異のデータの同定は加速の一途を辿っている。集団や家族を対象とする連鎖解析により遺伝的変異の生物学的意味を推定することが可能であるが、コストと時間を要することから、データ爆発のペースに追いつけないままであり、臨床的意義不明の遺伝的変異 (variants of unknown significance; VUSs)が積み上がっている。

 Cell誌掲載の2論文、Cuella-Martin et al.とHanna et al.、は今回、ヒト細胞を対象として、Cas9ヌクレアーゼではなくBEs (base editing/base editors)に拠るこれまでになく大規模なプール型スクリーンを介して、機能喪失変異と機能獲得変異の双方を同定し、タンパク質の構造機能相関に関する知見を得、変異の臨床的意義の同定も可能なことを示した。

 CRISPR-Cas9技術の出現によって、飽和変異導入実験により例えば、"CRISPR飽和変異導入実験から4,000件のBRCA1変異の病因性判定" [crisp_bio 2018-04-15 https://crisp-bio.blog.jp/archives/8606509.html]が実現した。その後、Cas9エンドヌクレアーゼとドナーDNAによる相同組み換え修復 (HDR)と異なり、二本鎖DNA切断 (DSB)を引き起こすことなく塩基変換を実現するBEsの出現により、DNA損傷応答 (DNA damage response, DDR)遺伝子を対象とする実験が可能になり、Cas9-HDRの数倍の編集効率を実現したことから、二倍体細胞株での実験も可能になった。また、CRISPR-Cas9ノックアウト実験と異なり、BEsを利用することで機能喪失変異 (loss-of-function, LOF)と機能獲得変異 (gain-of-function, GOF)の双方の判定が容易になった。

 BEsの主たる課題は、個々のsgRNA多重な変異を誘導してしまうことであった。2論文は、多重な変異の中で最も有害な変異を推定することで、この課題解決が可能なことを示した。その上で、2論文とも推定した変異の臨床的意義を確定するには、推定した変異について、シーケンシングをはじめとする検証実験が必要であるとした。

Cuella-Martin R, Hayward SB, Fan X, Chen X [..] Ciccia A. "Functional interrogation of genetic variants of the DNA damage response with CRISPR-dependent base editing screens" Cell 2021-02-18. https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.01.041
Graphical Abstract https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0092867421000842-fx1_lrg.jpg

 研究グループは、乳癌そしてまたは卵巣癌感受性に関与する16種類のDDR遺伝子をモデルとして、病因変異と良性変異を判別可能なことを示した。
  • BE3-FNLS (Addgene https://www.addgene.org/112671/)を利用して、MCF10A, MCF7, HAP1およびHEK293T細胞において、DDR関連遺伝子86種類を標的とするスクリーニングと、変異が細胞に及ぼす作用の検証実験を行った。標的遺伝子の中には、BRCA1, BRCA2, およびCHK2などが含まれている。
  • DNA損傷剤に対する細胞の適応度 (cellular fitness)に影響を及ぼす1,750種類を超える変異とその作用を同定した。
  • 53BP1のTudorドメインにおけるLOFとGOFを同定し、Tudorドメインが脱ユビキチン化酵素USP28の結合部位であることを新たに同定した。
  • TRAIPタンパク質において、その欠損がトポイソメラーゼ I阻害に対する耐性をもたらすドメインを新たに同定した。
  • ATMキナーゼの変異のほとんどがゲノムの不安定化を誘導するが、ゲノムを安定化する少数の稀な変異が存在することを同定した。
  • 病因性変異と良性変異を判別し、240種類を超える臨床意義のある変異を同定した。その中には、5種類のCHK2の5種類のVUSsと12種類のBARD1, BRCA1, およびBRCA2 遺伝子のVUSsが含まれていた。
  • 今回の解析結果をデータベースとして公開した: Functional analysis of nucleotide variants in DDR genes https://www.ciccialab-database.com/ddr-variants/#/
Hanna RE [..] Doench JG. "Massively parallel assessment of human variants with base editor screens" Cell 2021-02-18. https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.01.012
Graphical Abstract https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S009286742100012X-fx1_lrg.jpg

 研究グループは、BE3.9max (Nat Biomed Eng, 2020 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6980783/)とBE4max (crisp_bio 2018-05-30 https://crisp-bio.blog.jp/archives/9597969.html)を利用して、DDR遺伝子 (BRCA1, BRCA2, およびPARP1)と合成致死遺伝子 (MCL1BCL2L1)を標的とするスクリーニングを行った。
  • BRCA1BRCA2の既知のLOF変異を高精度で同定した。遺伝子機能と薬剤応答に影響を与える新規変異を同定した。
  • BH3ミメティクスとPARP阻害剤に対して、感受性または耐性をそれぞれもたらす一連の点変異を同定した。
  • ClinVarデータベース登録の3,584遺伝子上の52,034種類の変異を誘導可能なsgRNAsライブラリを構築し、シスプラチンまたはハイグロマイシンに対する応答をスクリーンし、多くのDNA修復遺伝子において機能喪失変異を同定した。今回明らかになった臨床的意義のある変異は限られていたが、このBE ClinVarライブラリーは、研究資源として有用である。