2023-02-04 STAR Protocol 掲載プロトコル論文の書誌情報などと、2021年原論文に記載されていたハイライトを以下に追記:
プロトコル (SCARベクターの説明)
  • [出典] "Protocol for in vivo CRISPR screening using selective CRISPR antigen removal lentiviral vectors" Lane-Reticker SK, Kessler EA [..] Manguso RT, Dubrot J. STAR Protoc. 2023-02-01. https://doi.org/10.1016/j.xpro.2023.102082  [著者所属] Broad Institute of MIT and Harvard, U Navarra (Spain);参考図 グラフィカルアブストラクト 
  • Rencaマウスモデルにおいて、選択的CRISPR抗原除去(selective CRISPR antigen removal: SCAR)レンチウイルスベクターを用いたゲノム編集のプロトコルを紹介する。このプロトコルは、異なる細胞株やコンテクストに適用可能なsgRNAライブラリーとSCARベクターによるin vivo 遺伝子スクリーニングの実施方法を説明するものである。
原論文ハイライト
  • 微生物由来のCRISPR-Cas9の免疫原生が、マウスがんモデルの拒絶反応を引き起こす。
  • 著者らが開発したSCARベクターシステムは、編集対象の細胞から免疫原を除去する。
  • SCARによって、抗原感受性細胞株のin vivoスクリーニングが可能になる。
  • SCARを利用したCRISPR-Cas9スクリーニング実験により、腎細胞癌は免疫回避にはオートファジータンパク質Atg5とMHCクラスIの発現を必要とすることを発見した 
2021-03-16 初稿
[出典] PREVIEW "Erasing iatrogenic neoantigens from in vivo CRISPR screens" Yi F, Klebanoff CA. Immunity. 2021-03-09. https://doi.org/10.1016/j.immuni.2021.02.017; [論文] "In vivo screens using a selective CRISPR antigen removal lentiviral vector system reveal immune dependencies in renal cell carcinom" Dubrot J [..] Manguso RT. Immunity. 2021-03-09 https://doi.org/10.1016/j.immuni.2021.01.001
 In vivo CRISPR-Casシステムをベースとするin vivo スクリーニングは、癌免疫療法に対する腫瘍細胞の感受性と抵抗性の機構解明に有力なツールである。しかし、腫瘍拒絶 (特異)抗原の他に、CRISPR-Casシステムに対する抗原 (iatrogenic neoantigens/医原性新抗原)が発生することが、スクリーニングの障害となる。Broad Instituteの研究グループは今回、医原性新抗原を消去することで、免疫応答性を備えているマウスin vivo にて、T細胞免疫療法を強化する標的候補因子の特定が可能なことを実証し、この手法を、SCAR (selective CRISPR antigen removal)として発表した。

T細胞免疫療法の弱点
  • T細胞免疫療法は画期的な癌療法であるが、奏功する患者が限られており、また、当初は感受性を示した患者が感受性を失っていくという弱点を伴っていることから、T細胞免疫療法の新たな標的の探索が続いている。
  • 近年、in vivo CRISPR-Cas9スクリーンによる癌免疫療法の標的探索が広がってきた中で、Yale University School of Medicineの研究グループは2019年に、sgRNAsのプール型ライブラリーをベースとするin vivo ゲノムワイドCRISPR-Cas9機能喪失スクリーニングにより、T細胞の活性と腫瘍細胞に対する細胞障害性を亢進する新たな因子(RNAヘリカーゼの一種DHX37)を発見し、このスクリーニング法の威力を示した (Dong et al., 2019 https://doi.org/10.1016/j.cell.2019.07.044; crisp_bio 2019-08-23 https://crisp-bio.blog.jp/archives/19538380.html)。しかし、このスクリーニング法にも弱点がある。
In vivo CRISPR-Cas9スクリーニングの弱点
  • In vivo CRISPR-Cas9スクリーニングでは多くの場合、微生物由来のタンパク質Cas9と, スクリーン結果解析支援用バーコードを付したガイドRNA (sgRNA)に加えて, レポーターとして機能する蛍光タンパク質遺伝子やCas9-sgRNAによってゲノム編集が進行した細胞を選択するためのマーカー遺伝子をレンチウイルスベクター でデリバリーする (以下、CRISPRベクター)。
  • 外来遺伝子にコードされたCas9または選択マーカに由来する免疫原性エピトープが内因性免疫応答を駆動し、臨床医学の用語を借りれば、意図しない有害な可能性がある副作用を誘導するiatrogenic neoantigensを生成する [以下ここではiNAと略記する]。
  • iNAは、ゲノムワイドで設計したsgRNAsによる標的遺伝子の編集とは無関係に、腫瘍細胞の免疫原性を劇的に亢進し、あるいは、T細胞の長期生存を脅かす可能性がある。事実、Cas9, GFP及びピューロマイシン耐性遺伝子 (PAC)が、CRISPR-Cas9編集細胞を移植した宿主において、それらに対する免疫応答を誘起することが報告されている。
SCARの設計
  • Broad Institute研究グループは今回、CRISPRベクターに由来するiNAが移植可能な癌細胞の免疫原性に及ぼす作用を解析し、CRISPRベクターがもたらす免疫原性は予測困難と判断し [*予備実験の項参照]、CRISPRベクターに伴う免疫原性を消すSCARを開発するに至った。
  • SCARでは、pSCAR_Cas9 (Cas9遺伝子+薬剤耐性遺伝子+レポーター遺伝子+loxP)とpSCAR_sgRNA (sgRNA+loxP+薬剤耐性遺伝子+loxp)をレンチウイルスベクターでデリバリーする。
  • pSCAR_Cas9のloxpは、3'LTRのU3モチーフ内にセットし、レンチウイルスがプロウイルスのステージでU3から5'末端へのコピーする特性を介して、細胞へのデリバリー時には、pSCAR_Cas9の両側にloxPが順方向でセットされることになる。
  • CreをIDLVでデリバリーすることで、CRISPR編集が進行した細胞から、sgRNAの発現を維持したままCas9と選択マーカータンパク質を同時に除去することが可能になる [Figure 1参照 https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S1074761321000832-gr1_lrg.jpg]。
SCARの効用
  • SCARベクターとIDLV-Creを利用することで (以下、SCAR編集)、予備実験では宿主から拒絶された改変CT26細胞と改変YUMMER1.7細胞の拒絶回避が実現した。一方で、IDLV-Creを施さない場合は予備実験同様に拒絶されることを確認した。
  • 続いて、先行研究ではそのCas9編集細胞拒絶のために不成功に終わったBALB/cマウス自然発生腎細胞癌 (Renca) を対象とするin vivo CRISPRスクリーンに進んだ。
  • SCAR編集したRenca細胞は野生型マウスで非編集Renca細胞と同様に増殖し、抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体による選択圧下で、SCAR編集Renca細胞の増殖が抑制されることを見出した。
  • そのノックアウトが免疫療法に対するRenca細胞の感受性を高める遺伝子群 (以下、感受性関連遺伝子)を、癌免疫療法を施した野生型マウスとNSGマウスに由来するRenca細胞におけるsgRNAsの頻度解析から同定した。
  • その結果をB16細胞のスクリーン結果と比較し、Renca細胞と共通する感受性関連遺伝子を同定すると共に、Renca細胞に特異的な感受性関連遺伝子としてオートファジー関連遺伝子Atg5とMHC-I拘束性抗原B2mを特定した。
  • さらに、オートファジーとMHC-Iの発現を阻害すると、それぞれ、腎癌のインターフェロン誘導細胞死とナチュラルキラー細胞による溶解に対する感受性が高まることを確認した。

 [*予備実験]
  • はじめに、Cas9とPACタンパク質を導入した一連のマウス腫瘍細胞株 (B16メラノーマ細胞, CT26大腸癌細胞, 及びYUMMER1.7メラノーマ細胞)を免疫応答性を帯びた野生型マウスとNOD SCID (NSG)免疫不全マウスに移植し、免疫原性を比較評価した。
  • 野生型マウスに移植した改変B16細胞は、改変していないB16細胞と同様に増殖したが、改変CT26細胞とYUMMER1.7細胞は免疫原性が高く宿主から拒絶された。
  • 免疫不全マウスに移植した場合は、改変細胞は非改変細胞と同様に増殖し、改変と増殖に宿主の免疫応答が関与することが示唆された。
  • 次に、CT26細胞とYUMMER1.7細胞を対象として、Cas9とPACをそれぞれ単独で導入した場合の宿主での増殖を比較した。その結果、Cas9導入細胞株はいずれも、一部CD8陽性T細胞依存で、野生型マウスに拒絶されたが、PAC導入の場合は、YUMMER1.7に限り拒絶された。
  • こうした免疫原性は、他のよく使われている薬剤耐性遺伝子についても一部の腫瘍細胞株で見られた。