[出典] "Base editing of haematopoietic stem cells rescues sickle cell disease in mice" Newby GA, Yen JS, Woodard KJ,  Mayuranathan T [..] Weiss MJ, Liu DR. Nature. 2021-06-02. https://doi.org/10.1038/s41586-021-03609-w
[crisp_bio 注] 本記事中の図は,共同責任著者のD. R. Liuの本論文に関する5本のツイートから引用した.
スクリーンショット 2021-06-03 15.00.52 Broad InstituteとSt. Jude Children’s Research Hospitalを主とする研究グループが,致命的な遺伝病鎌状赤血球症 (SCD)をもたらすβ-グロビン遺伝子HBB の変異を効率的に修正する塩基編集 (BE)戦略を開発し、鎌状赤血球症モデルマウスを治癒させたことを,Nature 誌から報告した.
 毎年,両親から病因変異HBB 遺伝子 [右図の左側下段参照] を受け継いだSCD新生児が30万人以上誕生している.変異遺伝子に由来するヘモグロビンは重合して,鎌状に変形した硬い赤血球を産生し,慢性的な痛み,臓器不全および早期死亡をもたらす.
 SCDでは,β-グロビンの5'末端から6番目のアミノ酸をコードする塩基配列GAG (グルタミン酸をコード)がGTG (バリンをコード)に変異している (HBBS).これまでの塩基編集 (base editing: BE)はこの変異を修正 (T-to-A)できないが,T-to-C変換は可能である.スクリーンショット 2021-06-03 15.01.10今回は,このT-to-C変換を介して,病原性のCTG配列のGCG配列 (アラニンをコード)への変換を介して,病原性の無い変異型ヘモグロビンHb-Makassar (HBBG)に変換した [右図の四角で囲んだ部分].Hb-MakassarはインドネシアのMakassarで発見された極めて稀な変異型であり,これを帯びていてもSCDが発症しないことが確認されている.
 塩基編集は,指向性進化法PACEによって開発したゼアミナーゼ [*1]とCas9ドメイン [*2]で構成したABEであるABE8e-NRCH(右図左側参照)を,臨床で検証済みのエレクトロポレーションを介して,SCD患者由来の造血幹細胞・前駆細胞 (Hematopoietic Stem and Progenitor Cell: HSPC)に導入した.その結果,HBBSからHBBGへの変換が80%に達した.
[*1]2020-03-18 Liu DRとDoudna JAら、ABE7.10をABE8eへと進化.https://crisp-bio.blog.jp/archives/22292775.html
[*2] 2020-02-13 Liuグループ、グアニン (G)を含まない配列をPAMとするSpCas9変異体をファージによる指向性進化法で実現.https://crisp-bio.blog.jp/archives/21910234.html
 スクリーンショット 2021-06-03 15.01.28次に,ABE8e-NRCHで編集したHSPCを免疫不全マウスに移植した [右図上段参照].16週間後,HBBGの頻度が68%に至った [右図左グラフ参照]。また,赤血球の鎌状化けも編集を加えなかった細胞に比べて5倍も減少した [右図右側の顕微鏡写真参照]。
 ヒト赤血球はマウスでは短命である,そこで,ABE8e-NRCH編集の生理活性を評価するために,スクリーンショット 2021-06-03 15.01.36ヒト化SCDモデルマウスのHSPCにABE8e-NRCHを導入した上で,放射線照射したモデルマウスに移植した [右図上段参照].16週間後,血液中のβ-グロビン・タンパク質の79%がHb-Makassarへと変換されていた [右図下段参照]
 ABE8e-NRCHで編集したマウスHSPCを移植したSCDモデルマウスでは,未編集のHSPCを移植したSCDモデルマウスと比較して,テストしたすべての血液学的パラメーターが健常マウスと同レベルまで回復し,脾臓肥大も軽減されていた.
 耐久性 (長期間にわたる再増殖造血幹細胞の編集)を確認し,SCDを治療するために必要な塩基編集のレベルを決定するために,スクリーンショット 2021-06-03 15.01.53一次移植をしたマウスの編集済みの骨髄と未編集の骨髄を,比率を変えながら二次移植し,その結果を分析した [右図参照].
 その結果,造血幹細胞の編集が長期間維持されること,および,〜20%の編集で血液学的パラメーターが健常マウスと同レベルまで回復すること,を確認した.
 ABE8e-NRCHベースで編集したSCD HSPCを対象として,Cas-OFFiner, CIRCLE-seq, および多重ターゲット・シーケンシングによるゲノムワイドでのオフターゲット解析の結果,臨床的に重要と思われるオフターゲット変異は確認されなかった。 
 ABE8e-NRCHによる編集効率が十分に高く,オフターゲット塩基編集の影響も最小限とみられることから,ABE8e-NRCHで編集したSCD HSPCの移植は,SCDの単回治療法として有望である.


[参考] SCD遺伝子治療の試み
 SCDは単一の塩基変異で発症することから,遺伝子治療のモデル疾患としてさまざまな手法が試みらており,臨床試験も進行中である.
 Bluebird bioは正常遺伝子のコピーをレンチウイルスを介して挿入する手法,CRISPR Therapeutics, EditasおよびIntelliaなどは,成人において胎児型ヘモグロビンの発現を抑制する調節因子を破壊する手法,Beam Tehrapueticsは,同様の手法と共に今回のNature 論文と同じ戦略であるが異なるABEのバージョンを利用した手法を発表してきた.
 レンチウイルスによる正常遺伝子の導入はヒトDNA上にランダムにHBB 遺伝子を導入し,そのことで例えば腫瘍抑制遺伝子に干渉するリスクを伴い,調節因子の破壊は想定外の遺伝子発現に影響をおぼすリスクやゲノム構造を改変するリスクを伴う,といった課題が残っている.ランダムな挿入が発生せず,ゲノムDNAを切断することもないABE8e-NRCHをベースとする療法はそうしたリスクを伴っていないが,臨床応用に生体外でのHSPCの編集と移植が必要なことに留意する必要がある.
  [SCD遺伝子治療関連crisp_bio記事] 
  • 2021-04-21 構造情報をベースにABEを改変することで,鎌状赤血球症の病因点変異の直接修正を実現.https://crisp-bio.blog.jp/archives/26155499.html - デアミナーゼをCas9に内在化させたIBE (inlaid base editor)版BEAM-102によりMakassar型変異へと書き換え
  • [20210427更新] 鎌状赤血球症とβサラセミアのCRISPR/Cas9療法の治験, 前進.https://crisp-bio.blog.jp/archives/20840521.html
  • 2019-04-05 ヒト造血幹細胞における胎児型ヘモグロビン再誘導によるヘモグロビン異常症療法 (Boston Children’s Hospital)2019-04-05 ヒト造血幹細胞における胎児型ヘモグロビン再誘導によるヘモグロビン異常症療法 (Boston Children’s Hospital).https://crisp-bio.blog.jp/archives/16829348.html
  • 2019-09-11 EMA (欧州医薬品庁)、Bluebird Bio社のβサラセミア遺伝子治療法Zyntegloを承認 (BB305レンチウイルスベクターによりβ(A-T87Q)-グロビン遺伝子を導入).http://crisp-bio.blog.jp/archives/19850051.html