COVID-19患者の一部にみられる後遺症について,科学者達が理解をし始めているが,まだ多くの謎が残されている.
2021-10-22 crisp_bioの関連記事へのリンクを追加: long-COVID (ロングCOVID または COVID-19後遺症) https://crisp-bio.blog.jp/archives/26969338.html
2021-06-24 初稿
[出典] NEWS FEATURE "The four most urgent questions about long COVID" Marshall M https://www.michaelcmarshall.com. Nature. 2021-06-09.  https://doi.org/10.1038/d41586-021-01511-z
[注] long COVID: Long-term effects of coronavirus (コロナウイルスの後遺症)
[背景]
  • 科学記者Michael Marshallの記事は,2020年の3月にCOVID-19患者となったClaire Hastieのエピソードから始まっている: 最初はとても軽かった; 1週間も経たないうちに象が胸の上に居座っているように感じた ("I felt like I had an elephant sitting on my chest "); 1年後,症状は軽くなったが,症状のない日は1日もなかった.
  • University College Londonの神経科学者でありlong COVID患者 (以下,long COVID)でもあるAthena Akramiが率いるチームは3,500人以上を対象とした調査で疲労感,労作性倦怠感 (post-exertional malaise: PEM), および認知機能障害をはじめとする205種類の後遺症を発見し,また,これらの症状が一定しておらず,緩和と再発を繰り返すとした. 
  • Hastieは2020年5月にlong COVID患者のためのFacebookグループを立ち上げたが,グループのメンバーはいまや現在4万人を超え,また,研究グループとも連携し,Hastieは論文の共著者として登場することもある.
  • パンデミック対応に追われていたWHOも2021年1月になって,COVID-19治療のガイドラインを改訂し、すべての患者がlong COVIDになった場合のフォローアップ治療を受けられるようにすべきだという勧告を盛り込んだ。米国NIHは2月23日にlong COVIDの研究への資金提供を決定した.また,英国バイオバンクは50万人の参加者全員に自己診断キットを配布してlong COVID研究への協力を求めた.
[4つの緊急課題]
1. COVID-19患者の中で,何人がlong COVIDになり、最もハイリスクなのは誰か?
  • 米国の研究グループがCOVID-19有症患者を対象とする9つの研究をまとめたレビュー ["Post-acute COVID-19 syndrome" Nalbandian A et al. Nat Med, 2021 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33753937/]によると,患者の32.6%から87.4%に,少なくとも1種類の症状が数ヶ月後も続いていた.
  • 英国の国家統計局 (Office of National Statistics: ONS)は,症状の有る無しにかかわらず2020年4月以後にSARS-CoV-2の陽性者2万人を追跡調査し,13.7%が少なくとも12週間後にも症状を報告していることを発表した.
2. long COVIDの生物学的基礎は?
  •  一定期間で消失するウイルス自身が後遺症の原因とは考えられないが,ウイルスを構成していたタンパク質などの部品が残存しヒトに影響を与える可能性はある.
  • 後遺症はCOVID-19が引き起こした多臓器障害がもたらす可能性がある.
  • 後遺症はSARS-CoV-2感染が引き起こす可能性がある免疫暴走を介した自己免疫疾患である可能性がある.
  • 英国のPost-Hospitalisation COVID-19 study (PHOSP-COVID)が1,077人のCOVID-19患者を追跡調査した結果によると,急性肺損傷と多臓器不全を起こした患者は,現在も進行中の病態を抱えていると考えられるが,急性期の重症度や臓器障害のレベルと,long COVIDの重症度との間に相関は無かった。また,認知機能の障害がほとんどないグループと認知機能に顕著な問題を抱えているグループに二分されることも見えてきた.
3. long COVIDとその他の感染症に見られる感染後の症候群との関係は?
  • 新型コロナウイルスに限らず,感染症が引き金となって長期間にわたって症状が続くことは珍しくなく,ウイルスまたは細菌に感染した253人を対象とした研究によると,6ヶ月後に12%が「疲労感、筋骨格系の痛み、 神経認知障害、気分障害」などの持続的症状を訴えていた.この12%は,ONSのCOVID-19後遺症のデータ13.7%に近い.
  • 当初原因不明とされた慢性疲労症候群 (Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome: ME/CFS)も多くの場合,ウイルス感染後に発症することが明らかになってきた.long COVIDの中にはME/CFSの診断基準を満たすと見る専門家もいる.
4. long COVIDを救うために何ができるのか?
  • long COVIDが生じる機構が詳らかにされていないことから,エビデンスをベースとした治療法は今のところ無い.
  • ドイツでは,民間のリハビリ施設でlong COVIDの受け入れを始めた.また,英国では,国民健康保険 (National Health Service: NHS)が1,000万ポンドを拠出してクリニックネットワークを構築し,long COVID対応を開始した.しかし,([背景]の項で登場した) Akramiは,long COVIDは一人あたり平均して16〜17種類の症状を示すことから,リハビリ施設やクリニックだけでの対応は難しいとした.
  • long COVIDの治療薬として,抗線維化・抗炎症剤,抗凝固剤などの既存薬の試験が始まっている.
  • long COVIDに対するワクチンの効果については,初回のワクチン接種後,57%が症状の全体的改善,24%が変化無し,19%が悪化という調査結果がでているが,さらなる体系的な調査が必要である.
5. 結び
  • People with long COVID just want something that works. “How can we get better?” asks Hastie. “That’s what we want to know.
[参考: COVID-19後遺症に関する日本の対応]
[出典] 新型コロナウイルス感染症後遺症について. 森岡 慎一郎 国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター 医員. COVID-19 有識者会議. 2021-05-28 18:28. https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/6466 
[crisp_bio注] COVID-19 有識者会議のWebサイトにはこの記事は、有識者個人の意見です。COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください」と付記されている; 以下,恣意的な抜粋
 国内からの報告
  • 2020年2~6月に国立国際医療研究センター病院を退院した患者63名と2020年9月に行われた和歌山県での退院者163名の聞き取り調査の結果
  • 呼吸苦、倦怠感、嗅覚障害、咳嗽、味覚障害といった症状が、発症2カ月後も5~18%、発症から約4カ月後も2~11%続いていた。
  • 全体で76%の患者にコロナ後遺症が認められており、20歳代で75%30歳代で83%であることを考えると、若年者であっても後遺症を有する割合が少ないわけではないことがわかる。
 今後の課題
  • 多様な症状を”気持ちのモンダイ”で片付けるのではなく、患者の声を傾聴する必要がある.COVID-19は地域全体で取り組むべき疾患となりつつあり、今後は地域単位で急性期・慢性期のCOVID-19患者を支えていく体制づくりが必要になるだろう。
  • COVID-19は後遺症という点だけ見ても風邪やインフルエンザとは異なり、同様に考えてはいけない。多様な症状が月単位で長引き、回復者の生活の質を低下させ、美容というデリケートな面でも問題を引き起こしている。重症者だけでなく、軽症・中等症の患者や若年者にも一定の割合でコロナ後遺症が長く続くという事実を認識し、患者への啓発活動に繋げることが大切である。