ヒト細胞は,ポリメラーゼシータ (Polθ)を介して,RNAをテンプレートとするDNA修復を促進する
[出典] "Polθ reverse transcribes RNA and promotes RNA-templated DNA repair" Chandramouly G, Zhao J [..] Pomerantz RT. Sci Adv. 2021-06-11. https://doi.org/10.1126/sciadv.abf1771; NEWS "Discovery Shows Human Cells can Write RNA sequences into DNA" Thomas Jefferson University. 2021-06-11. https://www.jefferson.edu/about/news-and-events/2021/6/discovery-shows-human-cells-can-write-rna-sequences-to-dna.html
 Thomas Jefferson UniversityにUCLA, Beckman Research Institute of the City of Hope, およびNew York University School of Medicineなどが加わった研究グループが,セントラルドグマ "DNA → RNA"を書き換えるかと思わせる報告をScience Advances 誌から発表した.
 DNAポリメラーゼはDNAを複製して新たな細胞へ送り込む.RNAポリメラーゼはゲノムDNAからmRNAメッセージを生成し,ひいてはタンパク質合成に到る.すなわち,ポリメラーゼは,DNAからDNA,またはDNAからRNAへの一方向に機能し,mRNAがゲノムDNAへと書き戻すことはないと,考えられている.
 研究グループは今回,ヒト細胞において,RNAセグメントをDNAに書き戻すことが可能なことを示し,RNAをテンプレートとして,ゲノムDNAの修復や改変が可能なことを示唆した.

研究グループはポリメラーゼ・シータ (Polθ)に注目した
  • 哺乳類細胞には14種類のDNAポリメラーゼが存在し,そのうち3種類が,細胞分裂時のゲノム複製過程の大部分を担っている.
  • 残りの11種類は,DNA鎖の切断や複製エラーの検出と修復を担っている.Polθは,マイクロホモロジー媒介末端連結を促進するが [*],高頻度で修復エラー/変異を引き起こす(error-prone).また,ほとんどの正常組織では発現していないが,多くの癌細胞で高発現し,抗癌剤の標的候補である.[*] "Mechanism of microhomology-mediated end-joining promoted by human DNA polymerase θ" Kent T, Chandramouly  G, McDevitt SM, Ozdemir AY, Pomerantz RT. Nat Struct Mol Biol. 2015-02-02. https://doi.org/10.1038/nsmb.2961
  • 研究グループは,Polθの"不品行さ (bad qualities)"の意味を探る中で,Polθが,ウイルスでは普通にみられる機能分子である逆転写酵素と似ていることに気付いた.
PolθをHIVの逆転写酵素と比較解析した
  • プライマー・テンプレート伸長アッセイによって,PolθがDNAの複製時よりも、RNAテンプレートからDNAを合成する場合の方が効率が高くかつ正確であり,その合成速度がHIVの逆転写酵素と同等であることを,同定した.Polθ 4
  • 次に,PolθがRNAを鋳型としたDNA修復合成 (RNA-DNA修復)を促進するか否かを生物学的な環境で検証するために、PolθのMMEJとRNA-DNA修復を同時に定量化できる緑色蛍光タンパク質(GFP)レポーターアッセイ法を開発した [Figure 4引用右図参照]
  • 外因性の変異蛍光レポーター (GFP)遺伝子を対象とする実験から,PolθがRNAテンプレートを介してその変異を修復することを確認した.
Polθ Supple 8構造解析から見えてきたPolθの柔軟な構造
[Supplementary Figure 8引用右図参照]
  • X線結晶構造解析により, Polθ:DNA/RNA:ddGTPの構造を決定し,RNA分子の収容に伴うPolθのコンフォメーション変化を同定した [論文中にPDB IDが表記されていなかったが,  Polq:DNA/RNA:ddGTPのPDB IDは6XBU https://pdbj.org/mine/summary/6xbu と思われる]
  • Polθは,DNA/DNA,DNA/RNA,ssDNA,部分的なssDNA,一本鎖RNAなど、さまざまな鋳型に作用することができる極めて汎用的な酵素であり,構造の可塑性が極めて高い.
課題
  • 今回,ヒト細胞内在Polθが,ヒト細胞内で外因性RNAをDNAへと逆転写することが実証された.今後,生体内のRNAからDNAが合成されるかの検証,また,外因性RNAから合成または修復されたDNAが,核内DNAに取り込まれるかについて,さらなる検証が必要である.
[参考論文] RNAレベルでの遺伝情報書き換え
"Evidence of altered RNA stirs debate". Hayden EC. Nature 2011-05-25. https://doi.org/10.1038/473432a; "Widespread RNA and DNA Sequence Differences in the Human Transcriptome" Li M,Wang IX [..]Cheung VG. Science 2011-07-01. https://doi.org/10.1126/science.1207018
 1000ゲノムプロジェクトと国際ハップマッププロジェクトから抽出した27人のB細胞に由来するRNA配列とゲノムDNA配列を比較し,RNA配列とDNA配列が一致しないエクソン部位が10,000万ヶ所損じすることを同定し,また,そうしたペプチドも同定したことから,それまでに知られていたRNAエディティングを超える機構が存在するとしたScience論文を巡る議論を紹介した.