[出典] REVIEW "mRNA vaccines for infectious diseases: principles, delivery and clinical translation" Namit Chaudhary N, Weissman D, Whitehead KA. Nat Rev Drug Discov. 2021-08-25. https://doi.org/10.1038/s41573-021-00283-5; PubMed Central https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8386155/
[参考] "Paving the Way for a COVID-19 Vaccine: A Conversation with Dr. Drew Weissman" Penn Medicine. 2020-12-11. https://www.pennmedicine.org/coronavirus/vaccine/qa-with-drew-weissman
概要
過去数十年の間に、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは,懐疑的に見られていたアイデアから臨床的な現実へと前進した.2020年のCOVID-19パンデミックを契機として,かってない速さで開発が進められたワクチンの中で,mRNAワクチンがその先陣を切った.現在では,mRNAワクチンが迅速かつ安全にヒトを感染症から守ることが実社会でも明らかになったが,mRNAのデザインと細胞内へのデリバリー,およびSARS-CoV-2予防の先の応用に向けた最適化の研究が求められている.
本レビューでは始めに,mRNAの設計と合成を含むmRNAワクチンの技術的基盤と,mRNAワクチンの利用を可能とするヒト体内へのデリバリー技術について解説した.特に,現在進行中のmRNAワクチンの最適化に向けた取り組みの中心課題となっている脂質ナノ粒子などの非ウイルス性の媒体 (vehicles)を利用したデリバリー技術に重点をおいて解説した.
続いて,インフルエンザウイルス,ジカ熱ウイルス,RSウイルスなどに起因するさまざまな感染症に対するmRNAワクチンの開発状況を概観し,安全性,有効期間,特定の人類集団への展開,地球規模でのアクセス実現など,mRNAワクチンのプラットフォームの将来が直面する重要な課題について議論した.
mRNAワクチンの特長
ワクチン接種は感染症の蔓延を防ぐために最も効果的な公衆衛生対策であるが,これまでのタイプのワクチンは,マラリア原虫,C型肝炎,HIVなどのようにヒトの免疫監視機構を逃避する病原体には効果的ではなかった.また,これまでのタイプのワクチンはインフルエンザウイルスのように,急速に変異する病原体に対応するために定期的に改変する必要があった.
mRNAをベースとする核酸ワクチンは30年以上前に,安全で汎用性が高く,製造が容易なワクチンの実現を目指して,考案された:
mRNAワクチンに対する期待
- 一部のウイルスワクチンと異なり,mRNAワクチンはヒトDNAに組み込まれず,挿入変異誘発の懸念が無い.
- mRNAワクチンは無細胞系で製造可能なために,開発も製造も迅速かつスケーラブルでコスト効率が高い.
- mRNAワクチンには複数の抗原をコードできることから,病原体に対するより強力な免疫反応を期待でき,また,同一製剤で複数種類の微生物やウイルスの亜種を標的可能である.
mRNAワクチンに対する懐疑
- mRNAの体内での安定性,有効性の低さ,過剰な免疫刺激などが懸念され,治療薬としての研究開発が進まなかった.
mRNAワクチンの復興
- 少数の粘り強い研究者や企業が粘り強く研究を続け,過去10年間に,mRNAの薬理が解明され,効果的なデリバリー法が開発され,mRNAの免疫原性が確認されたことで,mRNAの臨床応用への関心が再び高まっていた.
- そして,SARS-CoV-2のパンデミックにあたって,BioNTech-Pfizer社とModerna社が極めて短期間にmRNAワクチンを開発し,その有効性と安全性が臨床試験と実社会の双方で実証されてたことが,予防薬と治療薬の双方の観点からmRNA薬剤への大きな関心が呼び起こした.
レビュー構成
mRNAの設計と合成の原理
- 図1 無細胞系で転写合成 (IVT)した mRNAの脂質ナノ粒子ワクチンへの製剤化 https://www.nature.com/articles/s41573-021-00283-5/figures/1
mRNAワクチンをデリバリーする因子
- mRNAは大型 (10の4~6乗 Da)であり,負の電荷を帯びているため,そのままでは細胞膜のアニオン性脂質二重層を通過できず,また,体内で自然免疫系の細胞に取り込まれ,ヌクレアーゼによって分解されることから,標的細胞へのデリバリーに工夫が必要であり,脂質をベースとするナノ粒子,ポリプレックスなポリマー・ナノ粒子などが開発された.
- 図2 mRNAをデリバリーする全ての媒体はカチオン性分子またはイオン化分子を含んでいる https://www.nature.com/articles/s41573-021-00283-5/figures/2
感染症に対するmRNAワクチンの進展
- 図3 mRNAワクチンは抗原提示細胞へのトランスフェクションを介して免疫を誘導する.https://www.nature.com/articles/s41573-021-00283-5/figures/3
- 表1 COVID-19以外の感染症を標的とするmRNAワクチンの臨床試験.https://www.nature.com/articles/s41573-021-00283-5/tables/1
- 表2 SARS-CoV-2に対するmRNAワクチンの臨床試験一覧.https://www.nature.com/articles/s41573-021-00283-5/tables/2
- 図4 それぞれの感染症ウイルスに特化した標的を狙うmRNAワクチン (SARS-CoV-2, IFV, ジカ熱ウイルス, HIV, RSV, エボラウイルス, 狂犬病ウイルス, マラリア原虫).https://www.nature.com/articles/s41573-021-00283-5/figures/4
重要課題
- 抗体反応の持続期間
- 新たに現れてくるウイルス亜種に対するワクチン
- 安全性
- 通常の臨床試験の対象が子供から成人までの健常者を対象としているのに対して,実社会での接種対象者の免疫システムなどの背景が多様であることへの配慮
- 妊産婦・新生児への接種
- 高齢者への接種 (COVID-19の場合,65歳以上の患者の死亡率はより若い世代の62倍)
- ワクチンの保存性や可搬性の向上によるワクチン接種へのアクセス可能性拡大
- ワクチンの社会的受容性 (米国の現状は,56-75%に止まっている)
展望
- mRNAの設計と核酸デリバリー技術の数十年にわたる進歩と,標的となる新規抗原の発見により,mRNAワクチンは新たなパンデミックや既存の感染症に対抗する革新的なツールとなった.
- SARS-CoV-2に対抗するために驚速で開発された [*]最初の2種類のmRNAワクチンは,100%に近い期待以上の有効性を発揮し,COVID-19パンデミック終息への希望をもたらた.
- さらに,これらのワクチンの成功により,脂質ナノ粒子とRNA治療が,ニッチな疾患に対応する小規模な市場製品から,大規模な人々に成功裏に展開可能な予防的治療法へと発展した.
- 新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの開発と緊急使用が進む中で,mRNAワクチンの安全性と有効性を示す膨大なデータが蓄積され,また,薬事承認への道筋が確立されたことから,mRNA薬剤が,ワクチンだけでなく,癌免疫療法,酵素補充療法などの現代医学のアプローチを大きく変えていくだろう.
[*] レビューのBox 1「ワープスピードで開発されたmRNAワクチン」https://www.nature.com/articles/s41573-021-00283-5#Sec2から以下に引用
- 2020年1月,SARS-CoV-2のゲノム配列が明らかになったことで,新型コロナウイルスに対する強力なワクチンの開発競争が始まった.当時は、数年以内に結果が出ると考えるのは楽観的だった.例えば,MERS-CoVとSARS-CoV (2003年流行)のワクチンは,第I相試験に入るまでに約2年を要し,未だ承認されるに至っていない.さらに,当時最も早く開発されたワクチンであったおたふくかぜワクチンは,構想から承認まで4年を要した.一方で,ファイザー・ビオンテック社とモデルナ社のワクチンは,開発開始から11ヶ月で承認された.これは,何十年にもわたる先行研究,多額の資金投入,そして,科学者,エンジニア,マネージャー,医療従事者,そして規制当局者が24時間体制で協働したことで,成し遂げられた.
- SARS-CoV-2ワクチンは,他のコロナウイルス,siRNAのデリバリーシステム,癌ワクチンに関する長年の研究成果を活用している.例えば,MERS-CoVとSARS-CoV (2003年流行)に関する研究から,抗原はスパイクタンパク質であり,そのアミノ酸配列をわずかに変更してタンパク質をヒト細胞融合前の (プレフュージョン)構造に固定し,免疫原性を最大限に高めるべきであることが示唆されていた.こうした知見の蓄積の上で,モデルナ社は2日でmRNAワクチン"mRNA-1273"の配列を構築し,66日で第I相試験を開始することができた.
- また,それぞれのワクチン候補の開発にあたり,ファイザー・ビオンテック社は19億5000万ドル,モデルナ社は24億8000万ドルの資金を,それぞれ米国政府から「ワープスピード作戦」を通じて支援された.
- 科学界と医学界の並々ならぬ努力,各社のリスクを取る姿勢,そして第I, II, III相試験の同時実施を可能にする規制当局の柔軟性がなければ,mRNAワクチンのワープスピードでの開発は実現しなかった.
- [注] レビューでは,Box 2で「脂質ナノ粒子のフォーミュレーションとスケールアップ」https://www.nature.com/articles/s41573-021-00283-5#Sec6の技術について解説している.
[新型コロナウイルス開発関連crisp_bio記事]
- 2021-08-06 [レビュー] 米国で加速されたCOVID-19ワクチン開発: マイルストーン, 教訓,および将来.https://crisp-bio.blog.jp/archives/27090293.html
- 2021-05-28 新型コロナウイルス:「選択と集中」から漏れた研究成果がmRNAワクチンをもたらした.https://crisp-bio.blog.jp/archives/26487894.html
- 2020-12-20 [解説] mRNA分子、ワクチンから治療薬への展開.https://crisp-bio.blog.jp/archives/25084404.html
- [20201130更新] 新型コロナウイルス: 超速のタンパク質構造解析, ワクチン開発も.https://crisp-bio.blog.jp/archives/22970447.html
- 2020-04-20 米国FNIHとNIH, COVID-19の治療法とワクチン開発を加速する官民連携プログラムACTIVを立ち上げ.https://crisp-bio.blog.jp/archives/22639289.html
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