2021-10-07 19:02 2021年ノーベル化学賞は.不斉有機触媒の開発に対して,Benjamin ListDavid MacMillanへ.新型コロナウイルスワクチンに限らずRNAをベースとした療法が広がっていく中で,Katalin KarikóとDrew Weissmanがノーベル賞受賞者になることもあろう.
2021-10-06 10:03 AM RNAにガイドされて標的遺伝子の編集を実現するCRISPR-Casシステムが2020年ノーベル化学賞を受賞したことから,mRNAワクチンの基礎技術も,ノーベル生理学・医学賞ではなく,10月6日 18時45分発表予定の2021年ノーベル化学賞の本命なのかもしれない.
2021-10-04 2021年の生理学・医学賞はKatalin KarikóとDrew Weissmanではなく,Ardem PatapoutianとDavid Juliusへ:受賞理由は「TRPV1, TRPM8, ピエゾチャネルを発見し, 外部環境を感じ取り,それに適合した応答を実現させる神経インパルスが,熱さと冷たさ,機械的な力によってどのように引き起こされるのかを明らかにした」
2021-09-24 初稿
[注] メッセンジャーRNA (mRNA)ワクチンの基盤技術を確立したKatalin KarikóとDrew Weissmanのラスカー賞受賞を解説
[出典] "Delivering the message: How a novel technology enabled the rapid development of effective vaccines" Shapiro L (Stanford School of Medicine), Losick R (Harvard U). Cell 2021-09-24. https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.08.019

 2021年ラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞は,非常に効果的なCOVID-19ワクチンの迅速な開発を可能にしたメッセンジャーRNAのヌクレオシド修飾に基づく新たな治療技術を開発したKatalin Karikó博士とDrew Weissman博士に授与された.
 
 2020年3月,新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)が感染を拡大していたが,治療法もワクチンも無かった.しかし,それからわずか15ヵ月で,ヌクレオシドで修飾されたmRNAを脂質ナノ粒子に封入した効果の高い新規ワクチンがワープスピードで設計・開発され,一部地域では配送と接種が始まった.なぜ、歴史上のどのワクチンよりも短い時間で,しかも,これまでにない手法によるワクチンを,製造することができたのだろうか.
 
ヒーロー二人の出会い
 基礎研究が社会全体にどのように役立っているかを一般の人々に伝えることは簡単ではない.しかし,いつどのように解決できるか不明な問題に何年もかけて取り組むことから,人間社会に劇的な影響を与える発見・発明がなされることがある.Katalin Karikó博士 (以下,カリコー)Drew Weissman博士 (以下,ワイスマン)は,それを体現した.宿主細胞内で治療用タンパク質を生産するためのプラットフォームとしてmRNAを採用した彼らの持続的な努力が,パンデミックの原因となるSARS-CoV-2に対して極めて有効なワクチンの迅速開発に繋がった.これらのワクチンはすでに,世界中の何百万人もの人々の健康に貢献している.
 カリコーは,ハンガリーで生まれ,生化学の博士号を取得し,1985年,研究資金もままならなかった祖国からフィラデルフィアのテンプル大学のポスドクとして渡米した.その後.ペンシルベニア大学医学部助教授として,治療用タンパク質をコードする試験管内合成mRNAを急性疾患の治療に用いることに力を注いだが,その試みは多くの障害に直面して研究資金を得ることができず,上級研究員に降格された.そうした状況でも,mRNA治療法を追求し続けていたところに,免疫学者ワイスマンとの偶然の出会いが待っていた.
 ワイスマンは1987年にボストン大学でMDとPh.Dを取得し,国立アレルギー・感染症研究所 (NIAID/NIH)にて,’あの’Anthony Stephen Fauci (ファウチ)博士のもとで研修を受け,1997年にペンシルベニア大学に着任した.
 ペンシルバニア大学医学部の同僚となったカリコとワイスマンは,合成mRNAを細胞内へ送達し,細胞内で標的特異的な治療用タンパク質を生成することに共通の関心を持っていた.この戦略は何十年も前から複数の研究室で試みられながらも現実にならなかったところ,カリコとワイスマンの協働により,SARS-CoV-2のmRNAワクチンを現実にする画期的な技術が確立された.
 初期の頃,カリコとワイスマンは,試験管内合成mRNAを,カチオン性脂質を用いて細胞に送達することで治療用タンパク質の生産を誘導することを目指していた.しかし、合成mRNAは,自然免疫系のヒト樹状細胞に対して高い免疫原性を示し,細胞内で炎症性サイトカインの産生を誘発するという重大な問題に直面した.一方で, tRNAなどの天然由来のRNAには炎症性サイトカイン産生を誘発しないものがあったことから, カリコとワイスマンは,修飾されたヌクレオシドが天然RNAを自然免疫系から見えなくしている (カモフラージュしている)のではないかと考えた.
 2005年Immunity 誌に発表された論文で,カリコとワイスマンは,T7 RNAポリメラーゼとさまざまな修飾ヌクレオチド基質を用いて試験管内で合成したmRNAが,炎症性サイトカインの産生を減少させることを報告した.特に,ウリジン誘導体が効果的であり,「今回の研究結果が治療用RNAの設計に不可欠である」と論文に記した.さらに,その後の研究でカリコとワイスマンは,ウリジンをシュードウリジン(以下、Ψ)に置換することで,免疫原性が低下するだけでなく,試験管内とマウス生体内の両方で合成mRNAの翻訳が大幅に増加することを示した.すなわち,Ψで修飾したmRNA (以下,ヌクレオシド修飾mRNA)を利用することで,細胞内で,強い炎症反応を引き起こすことなく,目的のタンパク質を大量に生産できることが明らかにした.
 
基礎研究の持続とベンチャー企業の関わり
 カリコとワイスマンの初期の論文への注目度は実は低かったが,ハーバード・メディカル・スクールの若手だったDerrick Rossi (以下,ロッシ)が注目し,ヌクレオシドを改変した合成mRNAを用いて4つの山中因子を成人のヒト細胞に投与することで,人工多能性幹細胞への効率的な初期化を実現した.このロッシの業績は注目を集め,ロッシは,mRNA治療薬の開発を目的として設立されたModerna (modified RNAに由来する社名: 以下,モデルナ)から資金を獲得した.
 モデルナは,カリコとワイスマンの発見に基づくペンシルバニア大学の特許をライセンスしていた.一方で,2008年にUğur ŞahinとÖzlem Türeciがドイツで設立したBioNTech社 (以下,ビオンテック)も、ヌクレオシド修飾mRNAを取り入れ,ペンシルバニア大学の特許をライセンスしていた.
 ビオンテックは,特定の腫瘍抗原を標的とする個別化癌ワクチンの開発を目指していたが,2015年にカリコが上級副社長に就任して以後,ウイルスワクチン開発へと戦線を拡大した.一方、モデルナは2013年,カリコとワイスマンのmRNA技術を用いて,ジカ熱ウイルス,チクングニア熱ウイルス,サイトメガロウイルスのワクチンやモノクローナル抗体を用いた受動免疫の開発を開始していた.
 モデルナとビオンテックがmRNAをウイルス感染症に対するワクチンとして適応させることができたのは,炎症を引き起こさないヌクレオシド修飾mRNAが培養細胞やマウス生体内で高レベルでタンパク質へと翻訳されることを何年もかけて実証し,加えて治療に使用できることを実証した後のことである.
 2012年に,カリコとワイスマンは,エリスロポエチンをコードする試験管内で合成されたヌクレオシド修飾mRNAと脂質を結合させた脂質ナノ粒子をマウスに注射すると,注射後6時間で血清中のエリスロポエチン濃度が上昇し,網状赤血球およびヘマトクリットの有意な増加を誘導することを報告し,同様の結果を非ヒト霊長類でも得た.2017年から2018年にかけて,カリコとワイスマンはポスドク研究員のNorbert Pardi (以下,パルディ)と共同で,マウスと非ヒト霊長類でヌクレオシド修飾mRNAを抗ウイルスワクチンとして利用可能なことを一連の論文に発表した.
 この時点で脂質ナノ粒子は,宿主細胞との融合を可能にし,また,効果的なアジュバントであることが判明し,ジカウイルスのエンベロープ糖タンパク質に対する強力かつ持続的な中和抗体反応を誘発することが報告された.しかし,ジカウイルスが流行したのは2013年とすでに流行が収まっていたため,ヒトを対象とする臨床試験には至らなかった.その翌年の2018年,パルディ,カリコ,ワイスマンの3人は、HIV,ジカ熱ウイルスおよびインフルエンザウイルスの表面抗原をコードするヌクレオシド修飾mRNAを用いて,マウスや非ヒト霊長類で強力な免疫反応を引き起こすことに成功した.インフルエンザウイルス表面のヘマグルチニンのストーク部分の保存領域に対する抗体を強化する試みでは,マウス, ウサギ, およびフェレットにおいて,改変mRNAを用いて強固な抗原特異的ワクチン接種を実現することに成功した.こうして,ウイルス性疾患に対するワクチンを含め,治療プラットフォームとしてのmRNAの潜在的な有用性を確立した.
 
SARS-CoV-2/COVID-19 mRNAワクチン現実に
 このようにmRNAワクチンのプラットフォームが充実してきた折しも,2020年1月に中国の科学者が、世界的に感染が拡大しているコロナウイルス「SARS-CoV-2」のゲノム配列を公開した.それまでの常識ではあり得ないわずか1年で,有望なmRNAワクチン候補が概念実証実験からFDA緊急使用認可へと展開した.なぜこのようなことが可能だったのだろうか?
 モデルナとバイオンテックの両社は,図1 (https://els-jbs-prod-cdn.jbs.elsevierhealth.com/cms/attachment/a9d9f462-f4f7-4fd2-a121-d426d14cd281/gr1_lrg.jpg)に示すように,すでに社内にあったRNA技術を応用して,ウイルスのスパイクタンパクをコードするヌクレオシド修飾mRNAをベースにしたワクチンを設計するべく,ゲノム配列公開を受けて直ちに行動を起こした.開発資金は,モデルナは米国政府からの資金提供を受け,ビオンテックはファイザー社から資金を得た.2020年12月にはビオンテックとペンシルベニア大学の研究グループによって,BNT162b1とBNT162b2のmRNAワクチンの安全性と有効性に関する論文がそれぞれNature 誌とNEJM 誌から発表された.SARS-CoV-2のゲノム配列が公開されてから1年以内のことであった.

 この物語には多くのヒーローが登場するが[*],治療用タンパク質を生成するための改変型mRNAに基づいた安全で有効なプラットフォームが,カリコとワイスマンによって確立されていたことで,COVID-19ワクチンの迅速開発が実現した.
 
 改変型mRNAワクチンは,感染性の高いコロナウイルスや致死性のインフルエンザウイルス,あるいはまだ知られていない病原体に対しても,病原体上の標的抗原の配列が読まれ次第,簡単かつ迅速に調整することができる.文字通りワープ スピードで実現されたCOVID-19 mRNAは,ワクチン学と感染症対策に革命をもたらした.
 
[Nature誌掲載のmRNAワクチンの歴史; 関連レビュー記事紹介crisp_bio記事]
  • [*] "The Tangled History of mRNA Vacciens - Hundreds of scientists had worked on mRNA vaccines for decades before the coronavirus pandemic brought a breakthrough" Dolgin E. Nature. 2021-09-16. https://doi.org/10.1038/d41586-021-02483-w [mRNAワクチン開発に関連するmRNA, 脂質をベースとする送達システムおよびmRNAと脂質の組み合わせの3つの分野の進展を併置した詳細な年表 (1960年から2020年まで)が用意されている]
  • 2021-09-05 [レビュー] 感染症に対するmRNAワクチン:原理, デリバリー,および臨床応用 https://crisp-bio.blog.jp/archives/27345608.html