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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

2021-01-05 香港科技大学とメルボルイン大学の研究グループがViruses 誌から発表した査読付き論文 「T細胞応答はオミクロン株に対抗できそうだ」の紹介を,初稿 (2021-12-31)のプレプリント2報の紹介に追加し, 記事タイトルを「オミクロン株は,中和抗体 (液性免疫)を免れるが,T細胞応答 (細胞性免疫)まで免れることはできない (プレプリント2報)」から,「オミクロン株は,中和抗体 (液性免疫)を回避するが,T細胞応答 (細胞性免疫)は回避できない」へと改訂した:
[出典] "SARS-CoV-2 T Cell Responses Elicited by COVID-19 Vaccines or Infection Are Expected to Remain Robust against Omicron" Ahmed SF, Quadeer AA, McKay MR. Viruses. 2022-01-02. https://www.mdpi.com/1999-4915/14/1/79/htm (https://doi.org/10.3390/v14010079)
 ワクチン接種またはウイルス感染によって,新たな(または)次のウイルス感染を防御する中和抗体と,ウイルス感染細胞を破壊するT細胞応答が,誘導される.一方で,ウイルスは感染を繰り返す中で.中和抗体やT細胞を免れる変異を自然に獲得することがある.
 オミクロン株はこれまでになく多数の変異を獲得していた.その中で,中和抗体が認識するスパイクタンパク質の部分 (エピトープ/抗原決定基)に発生した変異を介して,オミクロン株は中和抗体を回避すると考えられる.
 研究グループは今回, 2022-01-05 10.59.37T細胞応答が認識するスパイクタンパク質 (以下 S)上のエピトープの~20%にオミクロン株の変異が重なっていたが,T細胞はその半数以上を認識できると予測した [Figure 1引用右図参照].すなわち,T細胞はオミクロン株以前に'学習していた'S上のエピトープの~90%を認識できるとした.さらに,S以外の領域に存在するエピトープの97%以上にはオミクロン株の変異が重なっていなかった.こうして本研究は,「オミクロン株が中和抗体を免れるが,T細胞応答は免れられない」というこれまでの報告を裏付ける結果となった.
[補足] 研究グループは,IEDB (2021年12月9日にアクセス) で利用可能なすべてのSに特異的なCD8陽性およびCD4陽性なT細胞が認識するエピトープ全てを,CoVariantsから入手したオミクロン株を定義する変異と (2021年12月9日にアクセス)照合した.CD8陽性およびCD4陽性T細胞エピトープの14%および28%がオミクロン株の変異と重なり,すなわち,CD8陽性およびCD4陽性T細胞エピトープの大部分 (それぞれ86%および72%)が,オミクロン株の変異と重ならないことを同定した [左下図と右下図はそれぞれIEDBCoVariantsのスクリーンキャプチャ].
IEDB  CoVariants
2021-12-31 初稿
1.オミクロン株に対しても,ワクチン接種または感染で誘導されたSARS-CoV-2のSタンパク質に対するT細胞応答が,有効である
[注] Sタンパク質: スパイクタンパク質
[出典] "SARS-CoV-2 spike T cell responses induced upon vaccination or infection remain robust against Omicron" Keeton R [..] Burgers WA, Riou C. medRxiv. 2021-12-28 [プレプリント] https://doi.org/10.1101/2021.12.26.21268380
 オミクロン株は,Sタンパク質に多重な変異を帯びたことで,ヒトの中和抗体 (液性免疫)を回避し,感染力を高め,ワクチン2回接種完了者にもブレークスルー感染を引き起こしている.一方で,ケープタウン大学をはじめとする南アフリカの大学・機関を主として,ラホーヤ免疫研究所 (米国)とインペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)が加わった研究グループが今回,細胞性免疫によって,ヒトがオミクロン株感染による重症化から保護されていることを示唆するデータを報告した.
 ジョンソン・エンド・ジョンソンのAd26.CoV2.Sまたはファイザー・ビオンテックのBNT162b2を接種した参加者と,ワクチン未接種で回復期COVID-19患者(n = 70)において,Sタンパク質に対するCD4陽性ヘルパーT細胞およびCD8陽性キラーT細胞の反応の70-80%を,ワクチン接種者と患者が維持し,オミクロン株と反応するT細胞のレベルが,ベータ株およびデルタ株の場合と同程度であった.
 さらに,オミクロン株に感染した入院患者 (n = 19)では,祖先株のSタンパク質だけでなく,ヌクレオキャプシド,および膜タンパク質に対するT細胞応答も,かつて祖先株,ベータ株,デルタ株が優勢だった時期に入院した患者 (n = 49)と同レベルであることも見出した.
 これらの結果は,オミクロン株の広範な変異や中和抗体に対する感受性の低下にもかかわらず,ワクチン接種や感染によって引き起こされるT細胞応答の大部分が,オミクロン株も認識することを実証している.このオミクロン株に対するT細胞免疫が十分に維持されていることが、重症のCOVID-19からの保護に寄与していると考えられ,これは,南アフリカでの初期の臨床観察を裏付けている.

2.COVID-19ワクチン接種者に見られるオミクロン株に対するB細胞反応とT細胞反応の乖離について
[出典] "Divergent SARS CoV-2 Omicron-specific T- and B-cell responses in COVID-19 vaccine
recipients" GeurtsvanKessel CH [..] Haagmans BL. de Vries RD. medRxiv. 2021-12-29 [プレプリント] https://doi.org/10.1101/2021.12.27.21268416
 オミクロン株の感染は,ワクチン接種2回接種さらには3回接種にも拡大し,オミクロン株は免疫回避能を獲得したと見られている.Erasmus MC (オランダ)にラホーヤ免疫研究所 (米国)が加わった研究グループは,オミクロン株,SARS-CoV-2 D614G (野生型), ベータ株,およびデルタ株に対する中和抗体とT細胞応答を,オックスフォード/アストラゼナカのChAdOx-1 S, ジョンソン・エンド・ジョンソンのAd26.COV2.S, モデルナのmRNA-1273 あるいはファイザー・ビオンテックのBNT162b2 を接種した60人の医療従事者において分析した.
 ウイルスを用いた中和アッセイでは,ベータ株とデルタ株に比べて,オミクロン株に対する反応は著しく低いかまたは反応が無かった (野生株の最大34分の1).2回のmRNA-1273接種またはAd26.COV.2プライミング後のBNT162b2ブースター接種によって,オミクロン株の中和抗体が一部回復したが,野生株に対する中和抗体に比較して最大で17分の1になった.
 一方で,CD4陽性ヘルパーT細胞応答は,4種類のワクチン接種すべてについて,接種完了から6カ月後まで検出された.Sタンパク質特異的T細胞応答は,mRNA-1273ワクチン接種後に最も高かったが,野生型とオミクロン株を含む変異株との間に有意差は無かった.
 これらの結果は、ワクチン接種者が,オミクロン株に対してもT細胞免疫は維持していることを示し,T細胞免疫によってオミクロン株感染による重症化が抑制されていることを示唆した.

 [オミクロン株の病原性に関連するcrisp_bio記事]
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