2023-10-03 Katalin Karikó博士とDrew Weissman博士がガードナー賞受賞と同じく、サーズウイルス2/COVID-19に対するワクチンのワープスピードでの開発を可能にした「RNAの塩基ウリジンをシュードウリジンに置換することで、RNAをヒト体内で安定化する技術」を発明したことが受賞理由。
これで、ペンシルベニア大学のコピー室での、 Karikó博士とWeissman教授の出会いが伝説になる
2022-03-06 STAT Newsに準拠した初稿
- mRNAワクチンはRNA医薬の研究開発を加速したが,研究助成のあり方に関する議論も誘発した.2022-03-06 STAT Newsに準拠した初稿
mRNAワクチンは多様な研究が織り成した成果であったが,その中でも,ファイザー・ビオンテックのmRNAワクチン"コミナティ [*]開発に貢献したKatalin Karikó (カタリン・カリコー)の'物語'が,学術雑誌からマスコミまで広く取り上げられてきた [*] COMIRNATY: COVID-19, mRNA, community, およびimmunityの組み合わせた製品名.
カリコーが,2005年に同僚とともに発表した研究成果が,コミナティーと共に,モデルナ社のmRNAワクチン"スパイクバックス"の基礎になっており,カリコーはノーベル賞レースでも名前が囁かれるまでになった.しかし,カリコーは脚光を浴び続けていたわけではない.
- カリコーはハンガリーのセゲド大学で生化学の博士号を取得したが,この大学はUS Newsの世界大学ランキングでいうとランクは,現在,712位に留まっている.
- 1985年にカリコーはよりよい研究環境を求めて,夫と幼い娘と共に米国に渡り,フィラデルフィアのテンプル大学にてポスドクを過ごしたのち,ペンシルバニア大学で終身在職権を持たない研究助教授 (research assistant professor)として働くことになった.
- 1995年に研究資金を獲得できなかったカリコーは降格させられた.NIHに申請したmRNA研究課題に対して一向に助成金が下りなかったのである.カリコーの元同僚の一人は「私が研究室に入ったころ,カリコーの歴史はまだ若い科学者への訓話としてひそひそと語られるだけだった」のである.カリコー自身は,このような降格を受けると「別れを告げて去っていくのが普通だ」と語っている.
- しかし,カリコーは去らなかった.その数年後,彼女はコピー機のところで免疫学者のDrew Weissman (ドリュー・ワイズマン)に出会い,RNA研究の資金不足について共感し,ワイズマンはカリコーを自分の研究室に招き,その後,2人は,mRNAをヒトの免疫から保護する技術を開発し,2005年の論文 [**]に結実した.しかし,その論文はあのNature 誌やScience 誌からは「即座に却下 (summarly rejected)」され,Nature 誌からのコメントには“incremental contributionに過ぎない"とあった [**] "Suppression of RNA recognition by Toll-like receptors: the impact of nucleoside modification and the evolutionary origin of RNA" Karikó K, Buckstein M, Ni H, Weissman D. Immunity 2005-08-01 https://doi.org/10.1016/j.immuni.2005.06.008
このような状況のなかで,カリコーが長い間アカデミアの世界に留まっていたのは奇跡としか言いようがない.だからこそ,私達は,'カリコー達'を見落とすことを危惧しなければならない.1985年に興味深いアイデアを持っており,そのアイデアが数十年の間に画期的な発見につながったかもしれない人が,世界で彼女一人だったとは考えにくい.
昨今の大型の研究助成は,「プロジェクトではなく人に資金を提供する」,つまり,「賢くて先見の明のある研究者を見つけて,裁量の余地が広い資金を提供する」という戦略をとっている.そのような中で,「無名の大学に通い,保証する著名な指導者は無く,誰もが解決不可能だと思う問題に10年ほど取り組み,期限付き研究者としてスタートし,降格された40歳の研究者に,今後10年間,数百万ドルの研究資金を提供する」ことが起こりえるであろうか.どのようにしたら,先見の明があるようにも天才にも見えない2022年版のカリコーに,一体誰が気付くことができるのだろうか.
現在の科学助成の仕組みは,創造性に欠け,柔軟性に欠け,新しいアプローチを試みるべき時が来ている.選択と集中とは対照的に,「もっと多様な人々やアイデアに資金を提供し,現在不人気で,実行不可能で,曖昧だと思われているアイデアも意図的に取り入れる」べきである.確かに,この戦略の成功率は低いかもしれないが,1990年代のカリコーのような研究者1万人に資金を提供し、そのうちのたった1人が,カリコーのmRNA研究のような果実をもたらすとすれば,この戦略は試みるに十分な価値があるだろう.
[mRNAワクチン開発の'物語'関連crisp_bio記事]
- [20211006更新] メッセージを届ける:新型コロナウイルスに対するメッセンジャーRNAワクチンが現実になるまでのストーリー.https://crisp-bio.blog.jp/archives/27538386.html
[crisp_bio 感想]
- 著者の主張を日本の大学・国立研究機関への研究助成に当てはめれば,少なくとも「研究開発予算に占める一般研究費の割合を復旧する」になろうかと思う.もっとも,日本の研究開発費は世界第3位とはいえ,そもそも米国や中国に比べれば小規模である:科学技術・学術政策研究所の報告によると,2019年度の科学技術の研究開発費総額は,1位米国 約50兆円(前年比8.9%増),2位中国 約41兆円 (前年比11.4%増),3位 日本約14兆円 (前年比0.2%減)あり,大学の研究開発費は,OECDのデータからは,米国 約8.1兆円,中国 約4.4兆円,日本 約2.1兆円であった [出典 ITmedia NEWS 2021-08-12 13:37]. なお,本記事の出典である論説によると,2021年に米国NIHは430億ドル近くを生物医学研究に費やし,NSFは85億ドル近くを他の分野の科学に費やした.
- 一方で,世界3位の規模の研究開発費を費やしながらも,昨今,論文数,被引用数などをベースとする指標からは,米国や中国に対してだけでなく,欧州各国に対しても研究開発における日本の存在感が低下していることは [*],研究開発費の使い方に改善の余地があることを示唆している [*] crisp_bio 2021-08-21 国産mRNAワクチンが実現しなかった理由 - 沈みゆく日本の科学技術.https://crisp-bio.blog.jp/archives/27146820.html].
- ところで,研究がどのように広がっていくかの観点から,論説に引用されている「コピー機での交流」のエピソードは興味深い.
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