2023-10-08 Eric Topol博士が"2023年のノーベル生理学・医学賞はCOVIDワクチンの受賞ではなかった。それは『mRNAが免疫系とどのように相互作用するかについての私達の理解を根本的に変えた』mRNAプラットフォームの発見に関するものだった"とX (ツイッター) にポストし、Ground Truthで解説した。

2023-10-02 Katalin Karikó博士とDrew Weissman博士がガードナー賞受賞と同じく、サーズウイルス2/COVID-19に対するワクチンのワープスピードでの開発を可能にした「RNAの塩基ウリジンをシュードウリジンに置換することで、RNAをヒト体内で安定化する技術」を発明したことが受賞理由。
 これで、ペンシルベニア大学のコピー室での、 Karikó博士とWeissman教授の出会いが伝説になる (2022-03-06 [論説] 新型コロナウイルス mRNAワクチン開発の舞台裏から,研究助成のあり方を考える参照)

2022-04-06 Katalin Karikó博士とDrew Weissman博士, 2022年ガードナー賞受賞 [本記事第1項]

mRNAワクチンからグローバルな母子保健への介入まで,2022年のカナダ・ガードナー賞は,
基礎科学の重要性と,そのヒトの健康とウェルビーイング (well-being)への貢献を顕彰する.

 [出典] COMMENTARY "Celebrating scientific excellence and global health impact: The 2022 Canada Gairdner Awards" Janet Rossant (The Gardiner Foundation). Cell 2022-04-14. 

 COVID-19パンデミックは,かってないグローバルな協働のもとにCOVID-19に関する知識が集積・共有されつつ,ワクチンと治療薬の開発や公衆衛生対策がとられてきた.一方,パンデミック対策を急ぐあまり,ニセ科学や検証が不十分な報告が一般社会で過度に誇張され,フェイクニュースと相まって,科学に対する一般社会の信頼が損なわれる深刻な事態を招きかねない状況も生まれた.

 したがって,科学界と一般市民やステークホルダーが,基礎的な発見から臨床応用,そして実社会での有効性まで,生物医学研究のプロセスの理解を共有するように努めることが,科学界に求められている.いま目にしている画期的な発見が,いかに複数の研究者による長年の忍耐強い研究の上に成り立っているか,2022年のガードナー賞の受賞者の方々の研究は,その理解の共有を促すに格好の事例である.

1. 異なる角度からの研究の成果の出会いが革新をもたらす - 新型コロナウイルスmRNAの事例
 ファイザー・ビオンテックとモデルナのmRNAワクチンの開発成功は,mRNAと脂質二重層の特性に関する基礎研究の成果に基づいている.
 ヒト細胞へmRNAを直接導入しタンパク質を発現・機能させる戦略は,in vitroで生成したmRNAがヒト体内では自然免疫系で分解されることから長年日の目を見なかったところ,Dr. Katarlin KarikoDr. Drew Weissmanが2005年に,RNAの塩基ウリジンをシュードウリジンに置換することで,ヒト体内で安定化することを発見した.免疫学とRNA化学の融合がもたらした成果である.
 Kariko/WeissmanのmRNA技術は徐々に他の研究者にも利用され始め,遺伝子ベクターを使わずにiPS細胞を樹立する方法を模索していたハーバードのDr. Derricj Rossiは2010年に,安定化mRNAを介して成人細胞をiPS細胞をへと効率的にリプログラム可能なことを示し,同年,RossiはHavard・MITの研究者と共同でKariko/WeissmanのmRNA技術をベースとしたモデルナ社を立ち上げた.一方で,Karikoはビオンテック社に参画した.
 mRNAワクチンの成功には,ヒト体内でのmRNAの安定化技術と共に.mRNAをヒト細胞内へ送り込む技術が必須であった.細胞膜を構成する脂質の構造特性の解明に長年取り組んでいたDr. Pieter Cullisは,カチオン性脂質によって非対称脂質二重層が形成される機構を解明し,安定した脂質小胞やナノ粒子に核酸や薬剤を内包させることで,細胞内ひいてはヒト体内へ送達可能なことを実証し,この送達技術をバイテク企業や製薬企業に提供するベンチャーを設立した.脂質に関するCullisの重要な論文は1979年に発表されて以来 2,000回以上引用されており,基礎的な発見が数十年にわたって関連研究開発を刺激し続ける好例となっている.

2. 疾患を理解し革新的な治療法を開発するための発見科学への長期的投資の重要性 - 血液系の事例2例
 Dr. John E. Dickは,1994年にマウスの異種移植モデルを用いてヒト急性骨髄性白血病 (AML)における白血病幹細胞を同定し,この細胞がAML発症に関与し,治療がしばしば失敗し再発をもたらし,そして新規治療法の明確かつ必要な標的であることを明らかにし,2016年に,AMLの再発と転帰を高度に予測するAML患者における17遺伝子の幹細胞スコアを特定するに至った.
 開業血液学者として血液系の疾患、特にヘモグロビン異常症、鎌状赤血球貧血、ベータサラセミアに常に関心を寄せていたDr. Stuart H. Orkinは2015年に,成人における胎児グロビン発現の抑制因子としてBCL11Aを同定し,さらにBCL11Aの上流にある重要なエンハンサーを見つけ出し,これを削除すれば、BCL11Aの発現がブロックされ、胎児グロビン遺伝子発現が再活性化されると考えた.この発見は,CRISPR-Cas9遺伝子編集の技術の登場によって,2021年には鎌形赤血球貧血とβサラセミアの治療法の臨床試験の好成績をもたらすに至った.

3. エビデンスに基づく医療
 集中治療専門医であるDr. Deborah Cookは,臨床試験疫学者として、ハイテクでストレスの多いという環境ゆえに効果的な研究を導入するのが簡単ではなかった集中治療室 (ICU)を対象として,Canadian Critical Care Trials Groupを率いて国際臨床試験を行い,重症患者医療のいくつかの分野で実践を変えてきた.エビデンスに基づく診療に対するCookのアプローチは,ICUにおける重篤なCOVID患者の複雑な臨床ニーズに応える必要があるパンデミックの最前線で中心的な役割を担っている.
 Dr. Zulfiqar Bhuttaは,疎外された環境における母子保健の改善に,エビデンスに基づく解決策を適用している.例えば,パキスタンの農村女性に対するコミュニティ・ヘルスワーカーによる妊産婦ケアパッケージの提供に関する無作為化効果試験を主導し,周産期医療の改善につなげた.しかしここで重要なのは,Bhuttaは否定的な結果を示した他の試験についても報告し,効果のない介入に貴重な資源を浪費することを防いだことである.胎児と妊産婦の健康における有意義な介入の実施を研究するために,世界中からグループを結集するBhuttaの能力は比類なく,多くの領域にわたり世界の保健政策に与えた影響は大きい.