正しいメッセージが市民に力を与える
パンデミックに対する魔法の弾丸 (silver bllet)は無いが,
注意深い調査とコミュケーションが鍵を握る
パンデミックに対する魔法の弾丸 (silver bllet)は無いが,
注意深い調査とコミュケーションが鍵を握る
[出典] WORLD VIEW "COVID lessons from Japan: the right messaging empowers citizen" Oshitani H (*) Nature 2022-05-23. https://doi.org/10.1038/d41586-022-01385-9
(*) 押谷 仁:厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード構成員、新型コロナウイルス感染症対策分科会委員
[crisp_bio 注] 以下は,英文原文の一部を省略した上での意訳になります.
[crisp_bio 注] 以下は,英文原文の一部を省略した上での意訳になります.
これまで
- COVID-19の6波を通じて,日本における一人当たりの感染者数と死亡者数は,
他のG7諸国と比較して著しく低い ( "the number of cases and deaths per capita has been significantly lower than in other G7 countries") [*].世界一の高齢化社会であり,人口が密集しているにもかかわらず,である.確かに,日本では特に高齢者のワクチン接種率が高く,ほとんどがマスクを着用している.しかし,それだけでは説明しきれないCOVID-19抑制である.死亡者数はワクチンが登場する前からほとんどの国々より少なく,マスク着用は,日本に限らずアジア全域で一般的である.
[* crisp_bio注] Our World in Data Webサイトによると5月中,G7 (日, 米, 加, 英, 仏, 独, 伊, EU) の中で,人口100万人あたりの死者数は確かに圧倒的に少ないが,感染者数では少ない方から概ね4位 (5月27日はカナダと英国に次ぐ3位)にとどまっていた [右図参照].また,地域別にみると,本記事の末尾に加えたグラフにあるように日本が最多となる (アフリカなど集計上の問題が内在していると思われるが). - 日本は,この病気の広がりとリスクを理解し,社会的・経済的活動を維持しつつ,死者や入院者を最小限に抑えることを追求してきたが,強い社会的圧力が,マスク着用などの防護策を後押しし,感染
換算拡大につながる行動を最小限に抑えることにつながったと思われる.全体として,政府は国民に感染防御行動をとるための情報を迅速に提供し,硬直的な処方箋を避けることができた. - SARS-CoV-2は,SARS-CoV-1感染者のほとんどが重症化したのに対して,無症状でも感染する可能性を帯びていたことから,封じ込めが困難であった.日本では憲法上,厳重な隔離ができないため,感染拡大を阻止するには,別の方策が必要だった.日本ではCOVID-19パンデミック以前に,400の保健所で8,000人以上の保健師が,結核などの感染症について接触者を遡及追跡する調査を行って,人々がどのように感染したかを特定しており,このシステムをCOVID-19対策に応用した.
- 日本では,2020年2月末までに多くの感染クラスターを特定し,ほとんどの感染者は他の誰にも感染させず,少数の人が多くの人に感染させている (スーパースプレッディング)ことが認識された.これまでの経験から,呼吸器系ウイルスは主にエアロゾルを介して感染することを知っていた著者は,同僚と,スーパースプレッディングの危険因子を探し、より効果的な公衆衛生メッセージを検討した.
- その結果,「3C(サンミツ)」と呼ぶことになる,閉じた環境,混雑した環境、密接に接触する環境に対して警告を発した.他国が消毒に力を入れる中,日本では,カラオケ店,ナイトクラブ.屋内での食事など,リスクの高い行為を避けるよう呼びかけ、このコンセプトを大々的に宣伝した.その結果,多くの人々がそれに従い,ひいては,「さんみつ」は2020年の日本の流行語大賞に選ばれた.
これから
- 世界の他の地域では,しばしば経済のために規制を全面的に解除し,「正常 (ノーマル)な状態に戻る」ことを模索し続けたが,感染者は再び急増し,かなりの死者を出している.特権階級や免疫力のある人たちだけを助ける単純な解決策は,弱い立場の人々をそのような政策の矢面に立たせ,「ニューノーマル」として受け入れられることはない.
- この5月の時点で,日本はCOVID-19に適応しているように見える.4月下旬から5月上旬にかけて,日本ではいわゆるゴールデンウィークがあった.過去2年に対して今年は,飲食店の閉店時間やアルコール提供の有無などの特別な制限はほとんどなく,人出も増えたが,このところ感染者数の,少なくとも,急増は見られない.風通しの良い場所を確保するなどの注意事項が強調され受け入れられたと思われる.これまでは,感染者の減少が次の感染拡大を促すことが繰り返されてきたが,そのサイクルから抜けられそうだ.
- ワクチンの普及率が高くオミクロンの致死率が低いことから,今後仮に患者が急増しても,厳しい措置をとることには消極的になっているが,ブースターワクチン,抗ウイルス剤,より良い臨床ケア,公共施設の換気を追跡するCO2モニターなどの公衆衛生対策など,強制措置に代わる介入策が多々ある.
- と言っても,新型コロナウイルスを一掃する魔法の弾丸 (silver bullet)は存在しない.日本の対応は完璧ではなく,批判もある.確かに、日本の初期の検査能力は限られていたが,徹底的検査は「魔法の弾丸」ではなく,それだけで感染を抑制することはできなかった.
- 科学者や政府のアドバイザーは,長期的な観点からは何が正しい舵取りは未だわかっていないことを認識し,また,ウイルスと人々の行動は変化するものであることを理解して,しかるべき時にしかるべき勧告を出していく必要がある.
- ウイルスの脅威と無縁だった時代を懐かしむ人々が,「出口戦略」や「元通りの生活に (back to normal)」といったフレーズをしばしば使う.しかし,今現在,社会は正常な状態に戻っているわけではない.各国は,感染の抑制と社会・経済活動の維持の最適なバランスを追求し続けなければならない,世界中の人々の苦しみを最小限に抑えるために, 文化,伝統,法的枠組み,慣行など,手元にあるありとあらゆる手段を動員して.
- 2022年1月1日から5月27日の間の日別感染者数の7日間移動平均の推移 (日本,北米,欧州,アジア,アフリカ)
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