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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

コロナウイルス融合ペプチドを標的とする広域中和抗体

[出典] "Broadly neutralizing antibodies target the coronavirus fusion peptide" Dacon C, Tucker C, Peng L, Lee CC [..] Tan J. Science, 2022-07-12.  https://doi.org/10.1126/science.abq3773[著者所属] NIAID/NIH, Scripps Research Inst, Integral Molecular, Fred Hutchinson Cancer Center, Lindsley F Kimball Research Inst.

[背景] 

 コロナウイルスは,鳥類や哺乳類に感染する4属のウイルスで構成されている.ヒトに感染するコロナウイルスは,アルファコロナウイルス2種類 (HCoV-229EとHCoV-NL63),ベータコロナウイルス5種類 (HCoV-OC43, HCoV-HKU1, SARS-CoV, MERS-CoV, SARS-CoV-2)の7種類が知られている.この中で,SARS-CoV, MERS-CoVおよびSARS-CoV-2が,近年、深刻な感染症を引き起こしている.特に,現在進行中のSARS-CoV-2感染によるCOVID-19パンデミックは2019年に最初の患者が確認されて以来,600万人を超える死者を出した.SARS -CoV-2の中で,現在優勢になっているオミクロンのBA.2,BA.2.12.1,BA.4/BA.5の亜種は,現在利用可能なワクチンおよび抗体治療薬に対して,少なくとも部分的に耐性を帯びている.これらに加えて,以前は動物感染にのみ関連していた2つのコロナウイルスが,最近,インフルエンザ様症状を呈する患者から検出された (Nature 2021 , Clinical Infect Dis 2022).これらの進展は,一連のコロナウイルスの間で保存され,また,機能的に重要な部位を,標的とするワクチンや抗体の研究開発が重要なことを示唆している.

[コロナウイルス感染機序]

 コロナウイルスの感染は,酵素によるスパイクタンパク質の切断と再編成を含む多段階のプロセスである.SARS-CoV-2のスパイクには,S1サブユニットとS2サブユニットの境界にあるフーリン切断部位と,すべてのコロナウイルスに保存されているS2'切断部位の2つの切断部位が存在する.

 スパイクタンパク質は,ウイルスが組み立てられる際にS1/S2部位で切断され,S1サブユニットとS2サブユニットは非共有結合のまま残されると考えられている.SARS-CoV-2のスパイクタンパク質は,侵入時にS1サブユニット上の受容体結合ドメイン (RBD)を利用して,ヒト細胞上のACE2受容体に結合する.ACE2に結合後,S1サブユニットは脱落し,膜貫通型セリンプロテアーゼ2 (TMPRSS2)またはエンドソームカテプシンによってS2'部位が切断され,融合ペプチドが細胞膜に挿入されてウイルスと宿主細胞との融合が進行する.

 現在存在するワクチンは中和抗体はスパイクタンパク質のRBDを標的としている.

[成果]

 NIAID/NIHやScripps Research Instituteなどの研究グループは今回,142人のCOVID-19回復者患者血漿から,ヒトに感染する7種類のコロナウイルスすべてのスパイクタンパク質に結合する6種類のモノクローナル抗体を同定した.

 この6つの抗体はすべて,スクリーンショット 2022-07-16 17.40.54スパイクタンパク質のサブユニットS2’切断部位に隣接する保存された融合ペプチド領域を標的としている [Fig. 3 引用右図参照].その中で,COV44-62とCOV44-79は,受容体結合ドメイン (RBD)特異的な抗体よりも効力は低いが,SARS-CoV-2のオミクロン亜種のBA.2およびBA.4/5を含むαおよびβコロナウイルスを広く中和することが可能であった.

 COV44-62およびCOV44-79とSARS-CoV-2融合ペプチドの結晶構造から,融合ペプチド・エピトープはらせん構造をとり,S2切断部位のアルギニンを含んでいることが確認された.さらにCOV44-79は,シリアンハムスターモデルにおいて,SARS-CoV-2による疾患を制限することも確認された.

 これらの結果は,スクリーンショット 2022-07-16 17.41.17融合ペプチドが次世代コロナウイルスワクチン開発のための候補エピトープであることを示唆している.

[SARS-CoV-2融合ペプチドと結合した抗体Fabの構造] Fig. 4引用右図参照 

 COV44-62: 8D36 https://pdbj.org/mine/summary/8D36

 COV44-79: 8D36 https://pdbj.org/mine/summary/8DAO

 COV91-27: 8D6Z https://pdbj.org/mine/summary/8D6Z

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