モデルナの軌跡とmRNAワクチン
[出典] "The ascent of Moderna" Dolgin E (科学記者). Science 2022-07-28. https://doi.org/10.1126/science.add1577
2020年初頭,米国政府の科学者たちは,新興の病原体に対抗するための新しいワクチン技術をいかに迅速に展開できるかを見極めるドリルに着手していた.インド南部で,コウモリから人間に感染し,ほぼ全員が死亡したニパウイルス (Nipah virus)が流行していた.この計画は、米国NIHの研究者がバイオテクノロジー企業のモデルナと共同で,当時まだ実績のなかったmRNAワクチンのプラットフォームを使って,いかに早くゼロからワクチンを作り,臨床試験を開始できるかを確認するドリルである.
しかし,このドリルはすぐに,中国で何十人もの患者が発生し始めた呼吸器系ウイルスによって後回しにされることになった.モデルナとNIHは,新型コロナウイルスの遺伝子配列の入手から,ヒトを対象とする治験まで66日間という記録的なスピードで,mRNAワクチン開発を進めた.そのわずか10ヵ月後には米国FDAから緊急使用が承認されたmRNAワクチンが完成し,モデルナは一夜にして有名企業になった.
ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記者Peter Loftusは,モデルナのワクチンプロジェクトが歴史に残るものであることをいち早く察知していた.彼は2020年2月中旬にマサチューセッツ州ケンブリッジにある同社本社を訪れたが,それはまだ米国内で集団感染の事例が記録される数週間前であり,その月には,モデナ社のクリニック向けワクチンの最初のバッチが出荷されたことを配信し,同社の幹部と連絡を取り続けた.彼の新著"The Messenger"では,秘密主義のスタートアップから世界で最も価値のあるヘルスケア企業のひとつに成長した同社の内部事情を読者に伝えている.
The Messengerの主人公は,長年モデルナのCEOを務めたStéphane Bancelである.自社の技術に揺るぎない信念を持つ野心的なビジネスマンであり,Loftus氏曰く"資金調達の魔術師"である.
パンデミック以前,Bancelは,mRNAが遺伝病,がん,心不全などの強力な治療薬になるとして,途方もない額の資金を集めていたのである.しかし,この構想が実現しない中で,同社は感染症用ワクチンに軸足を移し,小規模のインフルエンザ・ワクチンの臨床試験で得られたデータを使って,さらに資金を集めた.新たな資本注入のたびに,採用活動やインフラ投資が行われ.パンデミックの可能性を秘めた他のウイルスのパイロットプロジェクトも実施された.
Loftus氏は,Bancelの独特な個性を個人的なエピソードを交えて描いている.例えば,かって彼のバックルのデザインを揶揄った学者にエルメスのベルトをプレゼントしたことがあるという.また,本棚にあるたくさんのペーパーウェイトは,薬やワクチンの小瓶をガラスに封じ込めたものであった.
この本には,Bancelの管理スタイルは無愛想であり多くの従業員の神経を逆撫でした,とも書かれている.ある元科学者はLoftus氏にこう語っている,"彼は人を雇い,地獄を味あわせる".また,離職率が異常に高いことや職場環境が有害であることが以前から指摘されていたのだが,この件については新たな証言は取られていない.
その代わりに,Loftus氏は,モデナが投資家から集めた資金,株価の変動,幹部の報酬,創業者の億万長者ぶり,同社の最も危険な賭けのいくつかを引き受けた政府の支援 (納税者の支援)による契約などに焦点を当てた.
モデルナは,バイオテクノロジーの歴史の中で最も早く多くの資金を獲得し,規模と名声の面で優位に立ったのである.
しかし,モデルナがmRNA医薬品というアイデアを発明したわけではない.mRNAベースのCOVID-19ワクチンの緊急使用承認を最初に得たわけでもない.しかし.Loftus氏によれば,「画期的なmRNA技術を確立したのは,主にモデルナである」のだそうだ。
モデルナは製薬会社のゴリアテに対するダビデのように紹介されている.確かに,業界の巨人 (ファイザー)が,COVID-19 mRNAワクチンでモデルナに一歩先んじたビオンテックのワクチン製造に協力したことは事実であるが,モデルナには,米国政府という伴走者がいたのである.
モデルナは,10年にわたる努力によってmRNA医薬を前進させ,大きな称賛を受けるに値する.しかし,17世紀の微積分の計算,18世紀の酸素の発見,19世紀の進化論のように,mRNAワクチン技術は21世紀のエーテルであり,開発の準備が整っていたのである.
モデルナは,10年にわたる弛まぬ努力によってmRNA医薬を前進させ,大きな称賛を受けるに値する.しかし,17世紀の微積分の計算,18世紀の酸素の発見,19世紀の進化論のように,21世紀,mRNAワクチン技術開発の準備が整っていたのである.
モデルナは,10年にわたる弛まぬ努力によってmRNA医薬を前進させ,大きな称賛を受けるに値する.しかし,17世紀の微積分の計算,18世紀の酸素の発見,19世紀の進化論のように,21世紀,mRNAワクチン技術開発の準備が整っていたのである.
COVID-19ワクチンで利益を得た今、モデルナは,一発屋ではないことの証明を求められている.このメッセンジャー (the messenger)が,これから,有効なワクチンのニュースの発信源になるのか,衆目を集めている.
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